スペクトラムアナライザ入門(4)代表的な測定と読み取り例

 

■はじめに
スペクトラムアナライザは、無線信号、電源ノイズ、干渉、スプリアス、変調波形など、さまざまな信号の周波数分布を観察できる便利なツールです。今回は、実際の測定現場でよく行われる代表的な測定例と、それぞれの読み取りポイントを紹介します。これらの例を通じて、スペアナの実践的な使い方を理解しましょう。

 

■単一周波数信号の観測(基本測定)
まずは、信号発生器などから出力されるシンプルな単一トーン(CW信号)を測定してみます。

・ 中心周波数を信号周波数に設定(例:100 MHz)
・ スパンを1 MHz〜10 MHz程度に設定し、ピークが中央に来るよう調整
・ RBWは狭め(例:1 kHz)にして、ピーク形状をはっきり表示
・ マーカを使って周波数とレベル(dBm)を読み取る

この基本測定は、機器の出力確認や、キャリブレーション時の基準として活用されます。

 

■高調波(ハーモニクス)の確認
信号源やアンプの出力には、基本波に加えて整数倍の周波数成分(高調波)が含まれていることがあります。これを確認することは、製品の品質評価やノイズ対策の第一歩です。

・ 基本波の周波数に対して、2倍、3倍、4倍…の位置にピークがないか観測
・ スパンを広めに設定(例:0〜1 GHz)
・ RBWを広めにして全体をざっと見る → 必要に応じてRBWを狭くして詳細確認
・ 高調波のレベルをdBc(基本波に対する相対値)で評価する

高調波が規定値を超える場合、フィルタの追加や設計の見直しが必要になります。

 

■スプリアス信号の測定
スプリアスとは、意図しない周波数成分(混変調成分やリーク信号など)のことです。EMI測定や通信機器の試験で重視されます。

・ 基本波周辺や、装置の動作周波数帯外を中心に広帯域で観測(例:30 MHz〜3 GHz)
・ スイープ時間を長めにして、低レベル信号も見逃さないようにする
・ Max Hold機能をONにして、一時的なスプリアスも捕捉
・ マーカでピークを測定し、周波数・レベル・相対値を記録

スプリアスはしばしば動作モードや温度で変化するため、複数条件での測定が求められることもあります。

 

■ノイズフロアの観測
スペアナ自身のノイズや、被測定回路からのバックグラウンドノイズを確認することで、信号とノイズの比(S/N)や測定限界が把握できます。

・ 信号がない状態でスペアナの入力に終端を接続し、ノイズフロアを観測
・ RBWを狭め(例:1 Hz〜100 Hz)に設定し、真のノイズレベルを表示
・ Ref Levelを下げて、より小さなレベルも見えるように調整
・ ノイズフロア以下に沈んでしまう信号は、RBWをさらに狭めて再測定する

ノイズフロアの把握は、スペアナの性能限界や、測定可能な最小信号レベルを知るために不可欠です。

 

■通信信号の帯域幅と変調特性の確認
無線通信で用いられる信号は、変調によってスペクトルが広がるため、単なるトーンとは異なる測定が必要です。

・ FM、AM、ASK、PSK、QAMなどの変調方式ごとに異なるスペクトル分布
・ 通信規格に準拠した帯域幅内に収まっているか確認
・ Occupied Bandwidth(占有帯域)を自動測定する機能がある機種もある
・ Adjacent Channel Power(ACP)などの通信機能を使うことで、隣接チャネルへの漏れも評価可能

スペアナによっては、変調解析やデジタル通信解析機能をオプションで追加できる場合もあります。

 

■ゼロスパンモードでのパルス測定
スパンを「0 Hz」に設定すると、時間軸で信号の強度変化を観測できるモードになります。これを「ゼロスパン」と呼びます。

・ 中心周波数に目的の信号周波数を設定
・ スパンを0に設定
・ トリガを使って、パルス信号やバースト信号の時間変化を観測
・ パルス幅、立ち上がり時間、周期などを測定可能

このモードは、トランシーバやセンサの応答波形観測にもよく使われます。

 

■マーカ活用による読み取り精度の向上
マーカを使うことで、画面上の信号を定量的に評価できます。特に以下のような使い方が便利です。

・ ピークマーカ:最大値の位置を自動的に検出
・ デルタマーカ:2点間の周波数差、レベル差を測定
・ ノイズマーカ:RMSレベルのノイズを定量測定(RBWに依存)
・ トラッキングマーカ:追従型マーカで時間的変動を確認

マーカは測定レポート作成や品質評価の場面でも必須のツールです。

 

■まとめ
スペクトラムアナライザは、単純な信号から複雑な変調波、ノイズやスプリアスまで、非常に多彩な測定が可能です。信号の周波数分布を「見える化」することで、オシロスコープでは把握しきれない情報を取得できます。

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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次

第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。

第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。

第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。

第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。

第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。

第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。

第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。

第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。

第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。