スペクトラムアナライザ入門(7) 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
■はじめに
高周波設計や電源回路、通信機器の開発現場では、意図しない信号成分である「高調波」や「スプリアス」が製品の動作や電磁適合性(EMC)に大きな影響を及ぼします。また、EMI(電磁妨害)の発生源を特定し、対策することも重要です。スペクトラムアナライザはこれらの現象を「見える化」し、原因の特定と改善を支援する強力なツールです。今回は高調波・スプリアス・EMI測定の実際と活用例について詳しく紹介します。
■高調波とは?
高調波(ハーモニクス)は、ある基本周波数の整数倍で発生する信号成分で、非線形回路やスイッチング動作などで自然に生成されます。
・ アンプやオシレータなどの非線形素子が原因
・ 基本波の2倍、3倍、4倍などの位置に現れる
・ 通常は基本波よりも低いレベルだが、仕様を超えると問題になる
・ 無線通信やセンサ信号への干渉の原因にもなる
測定時は広いスパンを設定し、高調波の出現とレベルを相対値(dBc)で評価します。
■高調波の測定手順
以下の手順で高調波を測定することが一般的です。
・ 基本波の周波数を確認(例:100 MHz)
・ スパンを基本波の5倍〜10倍程度に設定(例:0〜1 GHz)
・ RBWを広めにして全体を確認 → 必要に応じて狭めて詳細観察
・ Max HoldをONにし、一時的な出現も記録
・ マーカを各ハーモニックに置いて、レベルと周波数を読み取り
・ 必要に応じて、dBc(基本波に対する相対値)で記録する
複数の機器を比較する際は、高調波レベルの比較によって設計の良否を判断できます。
■スプリアスとは?
スプリアス(Spurious Emission)とは、基本波や高調波とは関係のない周波数に発生する不要な信号成分です。
・ ミキサのイメージ信号、基板間の結合、クロック漏れなどが原因
・ 不定期・不安定なものが多く、トラブル原因として厄介
・ EMC試験で規格値を超えていると不合格になる可能性あり
スプリアスの測定では、対象機器の動作周波数とは無関係な周波数範囲を幅広く観察することが求められます。
■スプリアスの測定ポイント
スプリアス測定では、以下のような点に注意します。
・ 広帯域(例:30 MHz〜3 GHz)でスイープし、全体をチェック
・ アンテナやプローブを使って放射信号も含めて観察
・ スペクトログラム表示やMax Hold機能を活用して一時的なスプリアスも逃さず確認
・ 複数の動作条件(アイドル時、通信時、負荷変動時)で比較し、出現の傾向を調査
トラブルの再現性が低い場合は、長時間の連続測定やログ機能が有効です。
■EMI(電磁妨害)とは?
EMIとは、電子機器から発生する電磁波が他の機器の正常動作を妨げる現象を指します。EMIは以下の2種類に分類されます。
・ 伝導ノイズ:ケーブルを通じて伝わるノイズ
・ 放射ノイズ:空間を伝播して影響を与えるノイズ
スペアナはEMI評価の予備測定、対策確認、ノイズ源特定に広く使われています。
■EMI測定の活用例
EMIの事前評価や対策確認におけるスペアナ活用法は以下のとおりです。
・ EMC対策室(シールドルーム)や簡易暗箱での測定
・ EMI近接プローブを使って、基板やケーブル周囲のノイズ源を探索
・ フェライトコア追加、GND配置変更などの対策前後を比較
・ トレース保持と差分演算で、ノイズ低減効果を可視化
・ ノイズパターンを観察して、スイッチング周波数や原因回路を特定
正式なEMC試験の前に、製品のノイズ傾向を知ることで、合格率を高めることができます。
■ノイズ源の特定とプロービング技法
EMIの根本対策には「どこから出ているのか?」を特定することが重要です。そのためのプロービング技法を紹介します。
・ 磁界プローブ:ケーブルやコイルなどのループ構造から出るノイズを検出
・ 電界プローブ:ICやパターン間からの放射ノイズを確認
・ 高感度の近接測定で、基板上のホットスポットを特定
・ 複数のプローブで比較して、ノイズの強い経路を絞り込む
測定はノイズの伝播経路をイメージしながら、局所的に丁寧に行うことがコツです。
■フィルタや対策部品の評価
スペアナは対策部品の効果を確認するのにも便利です。
・ LCフィルタ追加前後で、ノイズスペクトルの差分を比較
・ フェライトビーズによるノイズ抑制の有効性を検証
・ EMIシールド材(シート・ケースなど)の効果を実測
・ ノイズ抑制シミュレーションと実測結果の比較検証
数値での効果検証ができるため、対策の優先度付けにも役立ちます。
■まとめ
高調波、スプリアス、EMIは、製品の品質や信頼性、そして法規制への適合に直結する重要な課題です。スペクトラムアナライザを使えば、これらの問題を「見える化」し、設計の改善やノイズ源の特定に活用することができます。
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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次
第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。
第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。
第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。
第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。
第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。
第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。
第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。
第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。
第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。