
DDS信号源は、Direct Digital Synthesizer(ダイレクト・デジタル・シンセサイザ)の略称で、デジタル技術を用いて高精度で安定した様々な信号を生成する装置です。主にファンクションジェネレータ(任意波形発生器)などに採用されています。
原理と構成
DDS信号源は、基本的に以下の3つの要素で構成されています。
1. 位相アキュムレータ(加算器)
位相アキュムレータは、基準となるクロックに同期して、設定された周波数設定値を累積加算していきます。この累積値は、出力したい波形の「位相」を表します。この累積値が一周すると波形も一周する仕組みです。
2. 波形メモリ(ROM)
波形メモリには、正弦波、三角波、方形波など、あらかじめ用意された波形データがデジタル値の表として格納されています。位相アキュムレータの出力値(位相データ)が、この波形メモリのアドレスとして使われ、対応する振幅データが読み出されます。これにより、任意の周波数のデジタル波形が生成されます。
3. D/Aコンバータ(DAC)とフィルタ
波形メモリから読み出されたデジタルデータは、そのままではアナログ信号として使えません。そこで、D/Aコンバータ(Digital-to-Analog Converter)を使ってアナログ信号に変換します。D/Aコンバータの出力は階段状の波形になるため、最後にローパスフィルタ(LPF)を通して余分な高周波成分を除去することで、滑らかでクリーンなアナログ波形が得られます。
特徴
DDS信号源は、アナログ方式の信号発生器に比べて以下の優れた特徴を持っています。
-
高分解能: 周波数設定値のビット数によって、非常に細かく周波数を設定できます。
-
高速周波数切り替え: デジタル制御なので、瞬時に周波数を切り替えることができます。
-
優れた周波数安定度: 基準クロックの精度に依存するため、非常に安定した周波数出力が可能です。
-
位相連続性: 周波数を切り替えても波形が途切れることなく、滑らかにつながります。これは通信システムなどのアプリケーションで重要な特性です。
-
多用途性: 正弦波以外にも、波形メモリに異なるデータを格納することで、様々な波形を生成できます。
DDS(ダイレクト・デジタル・シンセシス)信号源とPLL(フェーズ・ロックド・ループ)信号源は、どちらも正確な周波数の信号を生成するために使われますが、その仕組みや得意な用途が異なります。
DDS信号源
DDSは、デジタル技術を用いて波形を生成します。基準となる安定したクロック(通常は水晶発振器)を使って、デジタルで正弦波の位相情報を演算し、そのデータを高速なD/Aコンバータ(DAC)でアナログ信号に変換します。
-
メリット
-
高分解能: 周波数設定が非常に細かくでき、ミリヘルツ(mHz)単位での制御も可能です。
-
高速周波数切り替え: デジタルで周波数を切り替えるため、瞬時に出力周波数を変更できます。
-
低ノイズ: 基準クロックの位相ノイズが出力に支配的に影響しますが、デジタル処理によるノイズは比較的少ないです。
-
位相連続: 周波数を切り替えても出力の位相が連続するため、位相ジャンプが起こりません。
-
-
デメリット
-
スプリアスノイズ: D/A変換の過程で高調波や量子化ノイズが発生し、フィルター処理が必要です。
-
最高周波数: 基準クロックの周波数に依存するため、PLLに比べて高周波の生成は苦手です。
-
PLL信号源
PLLは、位相同期ループというアナログとデジタルのハイブリッド技術を用いて信号を生成します。基準信号とVCO(電圧制御発振器)の出力を比較し、その位相差がゼロになるようにVCOの周波数を制御することで、基準信号の周波数を逓倍(何倍か)した高周波の信号を生成します。
-
メリット
-
高周波: VCOの特性に依存しますが、非常に高い周波数の信号を生成するのに適しています。
-
優れたノイズ特性: アナログ処理により、低い位相ノイズを実現できます。
-
-
デメリット
-
周波数分解能: 基準周波数の逓倍で周波数を生成するため、周波数ステップが粗くなります。(フラクショナルN型PLLでは改善される)
-
周波数切り替え速度: 位相が安定するまでに時間を要するため、周波数切り替えに時間がかかります。
-
設計の複雑さ: ループフィルターなどのアナログ回路の設計が重要で、設計が難しい場合があります。
-
まとめ
特性 | DDS信号源 | PLL信号源 |
周波数分解能 | 高い(mHz単位も可能) | 基準周波数に依存し、粗い場合がある |
周波数切り替え速度 | 非常に速い(瞬時) | 遅い(位相が安定するまで時間を要する) |
最高周波数 | 基準クロックに依存し、PLLより低い | 高い周波数まで生成可能 |
位相連続性 | 位相連続 | 周波数切り替え時に位相ジャンプが起こりやすい |
出力ノイズ | 主に基準クロックの位相ノイズ、スプリアスノイズが発生 | 位相ノイズは低いが、逓倍数によって劣化する |
用途 | 高速周波数ホッピング、広帯域受信機、変調器 | 無線通信、クロック生成、周波数シンセサイザー |