BLOG2024/08/23

高電圧差動プローブの特性がパワエレ計測に与える影響 に関する一検討(大阪大学 舟木教授)

1. はじめに



2050 年カーボンニュートラルに向け創エネ・省エネがす すめられており,その多くが電化されていないものを電化 することで実現しようとしている。ただし単に電化するだ けでは目的を達成することはできない。負荷や電源の動作 を効率よくさせるためには電圧・電流・周波数などの電気 の性質を変換するパワエレ技術が不可欠である。パワエレ 自体もパワー半導体デバイスや受動部品などのコンポーネ ントをはじめ,これを実装したシステムとしての性能改善 が鋭意進められている。性能指標としての電力変換損失や サージなどの過電圧・過電流,入出力に現れる高調波や電 磁ノイズは,回路シミュレーションでは詳細なモデル化が されていない場合十分に評価することができず,パワエレ 回路を実際の動作状態において測定する必要がある。高電 圧・大電力のパワエレ回路では,LSI 等で用いられている CMOS 回路構成が適用できず,n チャネルパワーデバイス 等をトーテムポール接続したハーフブリッジ回路構成のレ グが用いられることが多い。このようなハーフブリッジ回 路のレグでは,上アームのスイッチングデバイス動作状態 の基準となるソース端子の電位が下アームのスイッチングデバイスの導通状態で大きく変化する。



このため上アーム のスイッチングデバイスに印加された電圧を測定するには, 基準電位が浮いた状態となるデバイスに印加された電圧の 測定が必要となる。また xEV ではパワートレインが車体の フレームグラウンドから直流的に絶縁されているため,ど の部分の印加電圧を測定するにもフレームグラウンドから 浮いた状態での測定となる。基準電位からの 2 点の電位を 求め,算術的に電位差を求める方法もあるが,デジタルオ シロスコープを用いた測定では垂直分解能が限られている ことから分解能の低下が著しく実用的でない。このためオ ペアンプなどを用いたアナログ的に電位差を求める差動プ ローブが基準電位から浮いた対象に印加された電圧の測定 に用いられる。



高電圧の回路ではバイポーラデバイスである Si IGBT に 代わり,SiC MOSFET や GaN HEMT などのワイドバンド ギャップ半導体を用いたユニポーラデバイスが利用される ようになり,ユニポーラデバイスの特長を活かした高速ス イッチング動作が適用されつつある (1, 2) 。高速なスイッチ ング動作における大きな dv/dt や di/dt は,パワエレ回路中 に存在する寄生成分を充放電するだけでなく,測定系であ る差動プローブを構成する電子回路の寄生成分の充放電も 行い,測定結果に対して影響を与える (3) 。また高周波にお いては差動増幅を行う電子回路のゲイン・位相の特性を周 波数に対して平坦に維持することは難しく,プローブの先 端部分の影響を含め定量的に評価しておく必要がある (4) 。 近年様々な方式の高電圧差動プローブが発売され,利用可能となってる。本報告では種類の異なる複数の高電圧差動 プローブを対象として,それらの特性を評価するとともに, パワエレ計測に与える影響について検討した結果を報告す る。表 1 に本報告で対象とした高電圧差動プローブの基本仕様を示す。これらのプローブに対して周波数領域でのゲ イン・位相特性,および時間領域での過渡応答特性の実測 結果を以下で述べる。



Table 1. 評価した高電圧差動プローブ 型番 

型番          TIVP1 MOIP10P MOIP350P THDP0200 P5205A DP10007 TDP1000
メーカー        Tektronix Micsig Micsig Tektrnoix IVYTECH Micsig Tektronix
周波数帯域       1GHz 1GHz 350MHz 200MHz 50MHz 100MHz 1GHz
立ち上がり時間     450ps 350ps  1ns 1.8ns 7ns 3.5ns  350ps
 絶縁方式     電子回路 電子回路 電子回路 電子回路
 耐圧  - - - 1300V 1300V 700V 42V
入力インピーダンス     1MΩ//11pF 1MΩ//11pF 1MΩ//11pF 5MΩ//2pF  8MΩ//3.5pF 8MΩ//1.25pF  1MΩ//1pF
 出力インピーダンス    50Ω 50Ω 50Ω 50Ω 1MΩ 1MΩ 50Ω
CMRR        100dB@100MHz 128dB@100MHz 118dB@100MHz 26dB@100MHz 50dB@1MHz 50dB@1MHz 18dB@250MHz
価格 (2024/05 調べ)    $30,400 3,203,000 円  1,256,000 円  437,000 円 29,567 円 26,500 円 960,000 円

 



2. 周波数特性評価

ここでは高電圧差動プローブの入力インピーダンス,伝 達特性および同相除去比 (CMRR) を周波数特性として評 価する。評価にはベクトルネットワークアナライザ (VNA, E5061B, Keysight) を用いて,2 ポートの S パラメータ測定 を 100Hz~1GHz の範囲で行う。VNA の入力信号は 0dBm とした。なお各差動プローブの信号入力をポート 1,信号出 力をポート 2 として S パラメータを測定する。電子回路絶 縁タイプの差動プローブの先端には長いリードがあり,誘 導電圧を抑制するためリードは十分にツイストし,差動プ ローブ本体のスイッチで倍率を設定した。光絶縁タイプの 差動プローブは,本体部に取り付けるプローブチップで倍 率設定ができるようになっている。また TIVP1 は本体部の 設定で入力インピーダンスを 1MΩ,50Ω の選択が可能で あり,アッテネータおよび測定レンジが自動的に設定され るようになっている。MOIP10P は本体部の入力インピーダ ンスは 1MΩ 固定であるが,設定でゲインを 0dB と 20dB の選択が可能な仕様となっている。各差動プローブの電源 には付属のものを用いた。Tektronix の差動プローブについ ては 067-1701-00 を用いて電源供給を行った。



〈2・1〉 入力インピーダンス

ここでは 2 ポート測定で 求めた S パラメータから Z パラメータに変換した,2 ポー ト回路の Z11 を入力インピーダンスとして求めた。光絶縁 タイプの差動プローブの本体部における入力インピーダン スの大きさを図 1(a) に示す。TIVP1 を入力インピーダン ス 50Ω で動作させた場合,1GHz の全帯域に亘って 50Ω を維持している。VNA の特性インピーダンスは 50Ω であ るため,入力インピーダンスを 1MΩ とした場合,VNA の 精度保障の範囲外であるため 1MHz 以下では 10kΩ となっ ている。1MHz 以上では差動プローブの持つキャパシタン スにより入力インピーダンスが周波数に従って-20dB/dec で変化している。これは TIVP1,MOIP10P ともに同様の 特性を示しており,1GHz では約 50Ω まで入力インピーダ ンスが低下している。この傾きより入力容量を求めたとこ ろ TIVP1 は 1MΩ 入力においてカタログ値 11pF に対して 8.7pF,MOIP10P ではカタログ値 10pF に対して 7.26pF で あった。



光絶縁タイプの差動プローブに 10 倍のプローブチップ を接続した状態における入力インピーダンスの大きさを図 1(b) に示す。TIVP1 では入力インピーダンスが高い領域が 10MHz まで拡大している一方で,MOIP10P ではプローブ チップを使用しない場合と同程度であることが分かる。入 力容量は TIVP1, MOIP10P でそれぞれ 1.81pF, 7.23pF で あった。



電子回路で絶縁するタイプの差動プローブの入力インピー ダンスの大きさを図 1(c) に示す。なお THDP0200, P5205A の倍率は 50,TDP1000 の倍率は 5, DP10007 の倍率は 10 で ある。光絶縁タイプのものと同様に低い周波数では VNA の 精度範囲外であるため 10kΩ となっている。また周波数帯域 が狭いため,入力インピーダンスが低下し始める周波数が低 くなっている。測定結果より求めた入力容量は THDP0200, P5205A, DP10007 でそれぞれ 15pF, 28pF, 24.7pF であり, カタログ値より大きく離れていた。入力容量評価には別途 治具を作製する必要があると考えられる。

 

   

 

 

   

 

 

   

 

Fig. 1. Frequency characteristics of input impedance Z11.

 

今回 2 ポート測定結果から入力インピーダンスを評価し たが,入力インピーダンスは VNA の特性インピーダンス から大きく離れた高インピーダンスであるため,十分な測 定精度を得ることができなかった。高インピーダンスを精 度よく測定するにはシリーズスルー法の適用が必要である と考えられ,今後の検討課題とする。

 

〈2・2〉 伝達特性

 

ここでは VNA を用いた 2 ポート S パラメータ測定から,差動プローブの伝達特性を評価する。 光絶縁タイプの差動プローブである TIVP1 において,オ シロスコープ側で異なる垂直軸設定とした場合の伝達特性 S21 を図 2 に示す,この差動プローブは,オシロスコープ側 で入力インピーダンスを 50Ω に設定した場合,10mV/div, 100mV/div, 1V/div と垂直軸設定を変えることで,それぞ れ内部アッテネータが 0.16 倍,1.28 倍,10.24 倍に変化す る。これらは各々-15.9dB, 2.14dB, 20.2dB に相当し,レン ジは各々80mV, 640mV, 5V となっている。このため得られ た伝達特性は内部アッテネータのゲインが差し引かれたも のとなっていると考えられる。ただし基準となる 0dB がど こにあるかについては伝達特性の測定結果からは判別でき ず,オシロスコープ内部で設定がされているものと考えら れる。

 

   

 

Fig. 2. Frequency characteristics of transfer characteristics S21 for TIVP1.

 

異なる種類の光絶縁タイプの差動プローブの伝達特性 S21 をまとめたものを図3に示す,図3(a)でTIVP1は10mV/div の設定であり,100MHz 以下の周波数で 7dB のゲインを示 している。周波数を線形表示した図 3(b) では TIVP1 の S21 は 7dB ゲインを補正して示した。TIVP1 のゲインが 3dB 低下する周波数は図 3(b) より 700MHz となっており,定 格の上限仕様となっている 1GHz では約 6dB のゲイン低下 となっている。MOIP10P は,100MHz 以下ではゲインは 0dB を維持しているが,100MHz を超えると徐々に低下し, 3dB 低下する周波数は TIVP1 と同等の 700MHz となって いる。ただし仕様となっている 1GHz では TIVP1 よりゲ イン低下が若干大きい約 8dB となっている。伝達特性 S21 における位相は,図 3(c) に示すように,TIVP1,MOIP10P ともに差動プローブの接続ケーブルでの伝達遅延による直 線位相特性を示しており,差動プローブ内部の回路の影響 は特にみられない。

 

 

 

 

 

Fig. 3. Frequency characteristics of transfer characteristics S21 for opt. iso. probe.

 

光絶縁タイプの差動プローブにプローブチップを取り付けた状態での伝達特性 S21 のゲインを図 3(d) に示す,TIVP1, MOIP10P ともに 10 倍のプローブチップを用いた。TIVP1 ではプローブチップの使用の有無にかかわらず同じ 7dB の ゲインとなっており,プローブ本体でプローブチップを判 別し,内部で補正しているものと考えられる。MOIP10P で は,10 倍のプローブチップを使用したことで 13dB のゲイン低下となってる。なお両者ともにプローブチップの使用 による伝達特性の周波数応答に大きな変化は見られない。

 

電子回路で絶縁するタイプの差動プローブである THDP0200, TDP1000, P5205A, DP10007 の伝達特性を各々 図 4 に示す。それぞれ差動プローブ本体で設定した倍率に 対して 20 log (倍率) を S21 に加えている。THDP0200 は 定格である 200MHz の帯域でほぼ 3dB の範囲に収まって いることがわかる。TDP1000 は定格である 1GHz の帯域 まで 1dB 程度のゲイン低下に収まっていることがわかる。 P5205A は 50MHz まで 0dB となっているが,DP10007 は 100MHz で 7dB の低下となっている。

 

  

 

 

 

Fig. 4. Frequency characteristics of transfer characteristics S21

 

 

〈2・3〉 CMRR

 

差動プローブの同相除去比を評価 するため,50Ω の特性インピーダンスを持つマイクロスト リップ線路と VNA で構成する評価系を作製した。マイク ロストリップ線路の片端に VNA のポート 1 を接続し,他 端は 50Ω の抵抗で終端した。伝送線路上に差動プローブ先 端を短絡接続する点を設け,差動プローブを接続したうえ でその出力に VNA のポート 2 を接続した。VNA よりマイ クロストリップ線路に入力した信号に対する伝達特性 S21 として同相除去比を評価する。

 

図 5 より TIVP1 と MOIP10P はともに 10MHz までは同 程度の CMRR が得られている。10MHz 以上では MOIP10P のほうが大きな CMRR が得られている。TIVP1 は 10 倍の プローブチップを使用した状態での CMRR のカタログ値 は 92dB@100MHz であることから,ほぼ仕様を満たしているといえる。一方 MOIP10P はプローブチップを使用し た状態での CMRR は公表されておらず,プローブチップ を使用しない場合の 128dB@100MHz は満たしていない。 P5205A,DP10007 の CMRR を図 6, 7 に示す。低周波で は-100dB ほどあるが,高周波では低下し-60dB となってい ることがわかる。ただしカタログ値は 1MHz での値である ため,仕様を満たしている。

 

   

Fig. 5. CMRR characteristics S21 gain with probe chip for opt. iso. probe.

 

 

     

Fig. 6. CMRR characteristics S21 gain for P5205A.

 

 

   

Fig. 7. CMRR characteristics S21 gain for DP10007.

 

3. 過渡特性

 

ブリッジ回路の上アームのドレイン電圧やゲート電圧の 測定は,ソース電位がフローティングとなるため,差動プ ローブでの測定が必要となる。またシャント抵抗を用いた 電流測定は,導通損失を抑える必要があることから低抵抗 を用いなければならず,高電圧回路中での微小電圧の測定が必要となる。ここでは図 8 に示すダブルパルス試験回路 を用いて,差動プローブの種類によって測定結果にどのよう な違いが生じるかについて検討する。試験回路に用いたイ ンダクタは L= 50 μH,電源電圧 VDD= 200 V とし,200V, 28A でスイッチング動作させた場合の過渡応答の測定を行っ た。トランジスタ Q1, Q2 には SiC MOSFET (SCT4026DE, Rohm) を用い,ゲート電圧は Vgs= 0-18 V で動作させた。 ただし Q2 はゲートとソース端子をショートさせ,チャネ ルを遮断状態としてボディダイオードで動作させた。

 

   

 

Fig. 8. Double pulse test circuit.

 

 

〈3・1〉 Vds 測定

 

図 9 に上アームのトランジスタに おける Vds の測定結果を示す。差動プローブには Tektronix TIVP1 (プローブチップ:TIVPWS), Micsig OIP350 (プ ローブチップ:OP500-5), Tektronix THDP0200 (500:1) を用いた。図 9(a) のターンオン,図 9(b) のターンオフともに プローブによる差異はほとんどない。ただし TIVP1 は 0V では他と同じ値を示しているが,サージ電圧や高電圧の値 が他より低くなっている。これはこのプローブの線形性の 範囲が原因と考えられる。

 

 


Fig. 9. Time response of Vds1.

 

〈3・2〉 Vgs 測定

 

図 10 に上アームのトランジスタに おける Vgs の測定結果を示す。差動プローブには Tektronix TIVP1 (プローブチップ:TIVPMX),Micsig OIP350(プロー ブチップ:OP50-5), Tektronix THDP0200 (50:1) を用いた。 電子回路で絶縁するタイプ(THDP0200)と光絶縁プロー ブ (TIVP1, OIP350) で測定結果に差異が生じている。特に 図 10(a) に示すターンオン時に生じているリンギングの周 期は同じであるが,振幅に差が生じている。光絶縁プロー ブ間では差異はほとんど生じていない。

 

また図 10(b) に示すターンオフ時も THDP0200 では 5V 付近での Vgs の振動が観測されていない。これらは絶縁方式による CMRR 特性の差によるものと考えられる。また電源 電圧を下げた V????=100V において TDP1000 でターンオン 時のゲート電圧を測定した結果を図 10(c) に示す。TDP1000 は CMRR が低いため,ソース電位の変動にプローブが影 響受けてしまい,ハイサイドの Vgs応答が正確に測定でき ないことがわかる。

 

     

 

 

   

 

 

   


Fig. 10. Time response of Vgs1.

 

 

〈3・3〉 Is測 定

 

図 11 に下アームのソースとグラウ ンドの間に接続した同軸シャント抵抗 (100mΩ, SDN-414- 10, T&M Research Products, Inc.) で測定した Ids の測定結 果を示す。比較のためロゴスキーコイル (SS-283A) での測 定結果も併記する。OIP350 はゲイン設定を 0dB とすると ノイズレベルが大きいため,ゲイン設定を 20dB とするとこ とで,微小電圧でも TIVP1 と同等の応答が得られている。 一方ロゴスキーコイルは周波数帯域上限が低く (30MHz),高周波数振動はシャント抵抗と異なり正確に測れていない。 このため,高周波数成分を含むスイッチング電流の測定で は,シャント抵抗の両端電圧を光絶縁プローブで測ること が望ましいと考えられる。

 

 

 

 

Fig. 11. Time response of Is2 (body diode).

 

4. おわりに

本検討では絶縁方式や価格の異なる高電圧差動プローブ の静特性・動特性について評価を行った。評価した光絶縁 プローブは周波数帯域が広く CMRR も大きいことから,高電圧回路における低電圧のフローティング測定に適してい る。一方低価格の差動プローブでもその特性を理解して使 えばコストパフォーマンスの良い測定が可能であると考え られる。

 

文 献

(1) 長浜他,「高速 SiC/GaN スイッチング回路のプロービング方式の比 較」, 2019 年電学 D 大,1-59 (2019)
(2) 長浜他,「高速スイッチング回路における差動電流プロービングの検 討」, 2021 年電学 D 大,1-24 (2021)
(3) 林他,「ワイドバンドギャップ半導体デバイスを適用したパワーエ レクトロニクス回路の過渡特性計測法に関する一検討」, 信学技報, EMCJ2017-72 (2017).
(4) 林他,「ハーフブリッジ回路上側アームの過渡電圧測定におけるコモ ンモード電圧補償法」, 信学誌 B, Vol. J102-B, No. 3, pp. 176-183 (2019).