この記事ではバランと分配器の測定を例にして、ネットワークアナライザ(Siglent製 SNA5004A)を使用した3ポートデバイスの評価方法について解説しています。


ネットワークアナライザのキャリブレーション

まずは今回使用するネットワークアナライザの概要を簡単に紹介します。

SNA5004Aの概要

        

図1 SNA5004Aの外観

 

SNA5004Aは 9kHz~4.5GHzの周波数範囲に対応した4ポートのベクトルネットワークアナライザ(VNA:Vector Network Analyzer)です。実務レベルで必要十分な性能を持っていながら、他社製のものと比較して低価格であることが特徴です。また大型タッチパネルを搭載しているため複数のパラメータを表示しても見やすく、操作感もスムーズです。サイズ感も最近の計測器らしく薄型に仕上がっているため、設置場所を選ばないというのも SNA5004Aの良い点です。


キャリブレーション手順

キャリブレーションは測定時の基準を規定するためのもので、ネットワークアナライザを使用するにあたってキャリブレーションは必要不可欠な工程です。キャリブレーション作業はポート数に応じて工程が増えるため、ポート数が多い4ポートネットワークアナライザにおいてはかなりの手間を要します。具体的には各ポートの反射補正とポート間のスルー補正で、合計で18回の工程が必要になります。ただしE-calと呼ばれる電子校正モジュールを使用すれば、一度の作業で全てのパラメータを同時に補正できます。SiglentではE-calモジュール(SEM5000Aシリーズ)が用意されているので、実務で使用される方はE-calモジュールの導入をおすすめします。

 

バランの評価

まずは代表的な3ポートデバイスの1つであるバランの評価事例について紹介します。

 

バランとは

バランは平衡回路と不平衡回路の変換に使用される電子部品です。平衡回路を差動伝送、不平衡回路をシングルエンド伝送と読み替えても問題ありません。このバランによる平衡回路と不平衡回路の変換は、主にアンテナと同軸ケーブルを接続するときに使用されています。

   

図2 バランの使用例

 

ダイポールアンテナをはじめとした多くのアンテナは平衡回路で、一方のエレメントがプラス、もう一方のエレメントがマイナスとなって電波を送受信します。対して同軸ケーブルは不平衡回路です。そしてこの平衡回路のアンテナと不平衡回路の同軸ケーブルを直接接続するとコモンモードノイズを発生させてしまい、思わぬノイズトラブルを引き起こす原因となります。そのため平衡回路と不平衡回路の接続にあたってはバランを使用する必要があります。

 

バランの評価方法

SNA5004Aでは平衡回路の評価に適したImbalance Parameterを使用できます。このImbalance Parameterではネットワークアナライザの任意のポートを平衡回路として扱うことが可能で、3ポートデバイスの平衡度を評価することができます。ここで平衡回路はBalanced、不平衡回路はシングルエンド(SE)と表され、3ポートデバイスの測定を行う場合には SE-Balの回路トポロジーを選択します。

   

図3 Imbalance Parameterのポート設定画面

 

バランの特性としてはシングルエンド(s:single-ended)から差動(d:differential)への変換を表す Sds21とシングルエンドからコモンモード(c:common)への変換を表す Scs21の2つのパラメータが重要です。

 

バランの評価結果

今回は市販のバランモジュールの特性を評価します。このバランは巻線比が1:1で、動作周波数が10MHz~3GHzのものです。

   

図4 バランモジュールの外観

 

   

図5 バランの評価結果

 

Imbalance Parameterを測定してみると、100kHzを越えたあたりからモードによって通過特性に違いが生じており、周波数が高くなるに従ってシングルエンドから差動に変換されていることが確認できます。(黄色 Sds21)一方でノイズトラブルの原因となるコモンモードへの変換については10MHz以上の周波数帯で-20dBとなっています。(水色 Scs21)つまり仕様の通り、10MHz以上でバランとして正しく機能していると言えます。

 

分配器の評価

バラン以外の代表的な3ポートデバイスとして分配器があります。

 

分配器とは

分配器はその名の通り、信号を分岐・分配するための回路です。低周波では単純に配線を分岐するだけで回路は機能しますが、高周波では信号が反射するため単純に分岐するだけでは回路が機能しません。そのため配線の分岐点にはインピーダンスマッチングための専用の回路、つまり分配器が必要になります。

 

ウィルキンソンカプラとは

   

図6 ウィルキンソンカプラの外観

高周波用の分配器の1つにウィルキンソンカプラがあります。ウィルキンソンカプラは伝送線路の長さがλ/4に共振するとポート2とポート3の間が分離(アイソレーション)される性質を持ちます。つまり特定の周波数でのみインピーダンスマッチングして、分配器として機能するということです。そしてウィルキンソンカプラでは各ポートの役割が決まっています。具体的にはポート1から信号を入力し、ポート2とポート3から信号を取り出します。

 

分配器の評価結果

ここでは回路のトポロジーを全てシングルエンドに設定して、各ポート間の通過特性を測定しています。

   

図7 分配器の評価結果

 

するとポート1からの信号であるS21(黄色)とS31(水色)は概ね一定の値を示しているのに対して、ポート2とポート3の間のS23(ピンク)とS32(黄緑)は特定の周波数ごとに減衰していることが確認できます。ここでは1GHzにおいて-20dB程度まで信号が減衰しています。これがλ/4の伝送線路によるアイソレーションの効果です。この現象は奇数次の高調波でも発生するため 3GHzにおいても同様に信号が減衰します。

 

4ポートネットワークアナライザの有用性

4ポートネットワークアナライザを用いることで、多ポートデバイスの評価をスムーズに行うことができます。特にSNA5004AはミックスドモードSパラメータやImbalance Parameterのような複雑なパラメータも機器内部で演算処理が行われるため、測定業務の効率化に寄与することが可能です。

 

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