エンジャーさんがこの記事ではパワーエレクトロニクス分野で注目されているMicsig製の光アイソレーションプローブについて解説します。

 

光アイソレーションプローブとは

光アイソレーションプローブはその名の通り、電気信号を光信号に変換して電気的な絶縁(アイソレーション)を実現するプローブです。

 

用途

光アイソレーションプローブは、一般的な差動プローブでは測定が困難な高電圧のコモンモードノイズが存在する環境でも正確な波形観測が可能で、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などの評価に適しています。SiCやGaNは高速なスイッチングによって多くの高調波エネルギーを発生させるため、測定に使用するプローブには高周波領域でも高いコモンモード除去比(CMRR)が必要とされます。

 

測定原理

光アイソレーションプローブはアッテネータチップ、プローブヘッド、光ファイバー、プローブコントロールユニットによって構成されます。

 

        

 

アッテネータチップ

アッテネータチップは測定対象の信号を適切な電圧レベルに減衰させるものです。これによって高電圧から低電圧まで、高い精度で信号が測定できるようになります。後段の広帯域アンプを組み合わせるとMOIP500Pの場合、減衰比は1:1から10000:1まで対応しており、±0.5Vから±5000Vの電圧範囲を測定できます。

 

対応機種  アッテネータチップ 価格(税抜) コネクタ
コネクタ 衰減比 差動電圧 最大非破壊電圧 入力インピーダンス
MOIP500P OP10-5 ¥350,000 MMCX 10:1 @0dB ±5V 1000Vpp 3.75MΩ || 6pF
1:1 @20dB ±0.5V
OP20-5 ¥350,000 MMCX 20:1 @0dB ±10V 1000Vpp 4.47MΩ || 4pF
2:1 @20dB ±1V
OP50-5 ¥350,000 MMCX 50:1 @0dB ±25V 1000Vpp 4.19MΩ || 2pF
5:1 @20dB ±2.5V
OP100-5 ¥350,000 MMCX 100:1 @0dB ±50V 1000Vpp 4.10MΩ || 2pF
10:1 @20dB ±5V
OP200-5 ¥350,000 MCX 200:1 @0dB ±100V 2500Vpp 9.03MΩ || 2pF
20:1 @20dB ±10V
OP500-5 ¥350,000 MCX 500:1 @0dB ±250V 2500Vpp 20.98MΩ || 1pF
50:1 @20dB ±25V
OP1000-5 ¥350,000 MCX 1000:1 @0dB ±500V 2500Vpp 20.94MΩ || 1pF
100:1 @20dB ±50V
OP2000-5 ¥350,000 MCX 2000:1 @0dB ±1000V 2500Vpp 20.52MΩ || 1pF
200:1 @20dB ±100V
OP5000-5 ¥350,000 MCX 5000:1 @0dB ±2500V 3600Vpp 40.92MΩ|| 1pF
500:1 @20dB ±250V
OP10000-5 ¥350,000 LCX 10000:1 @0dB ±5000V 8000Vpp 40.82MΩ|| 2.4pF
1000:1 @20dB ±500V

 

プローブヘッド

プローブヘッドは測定対象の電気信号をアッテネータチップを介して受信し、それを光信号に変換して出力します。プローブヘッドは広帯域アンプとEO(電気-光)変換回路によって構成されます。広帯域アンプは高速スイッチング信号にも耐えうる高性能なアンプが使用されています。EO変換回路ではレーザー駆動式光変調器を使用して、電気信号を光信号に変換します。

 

光ファイバー

光ファイバーはプローブヘッドから出力された光信号の伝送線路として機能します。光ファイバーによってプローブとオシロスコープ本体は完全に電気的に絶縁され、これによってノイズの干渉を抑制できます。

 

プローブコントロールユニット

プローブコントロールユニットは光ファイバーから入力される信号OE(光-電気)変換し、オシロスコープ本体へと電気信号を届けます。なおOE変換された電気信号は高周波信号を含むため、オシロスコープの入力インピーダンスはインピーダンスマッチングのために50Ωに設定しておく必要があります。またプローブコントロールユニットにはcali.ボタンとgainボタンが備わっています。cali.ボタンを押すとオートゼロ回路によってオフセット補正が行われます。gainボタンはプローブヘッドの広帯域アンプのゲインを0dB、または20dBに切り替えることができ、これによって入力電圧範囲をコントロールできます。

 

Micsig製光アイソレーションプローブの特徴

Micsigの光アイソレーションプローブMOIPシリーズの特徴は以下の通りです。

        

 

 

  1. 高いコモンモード除去比(CMRR)
    • 100MHzで128dB、1GHzで100dB以上
  2. 広い測定範囲
    • アッテネータチップにより±0.1Vから±6250Vまでの測定に対応
  3. 高い絶縁性能
    • コモンモード電圧範囲 最大85kVpk
  4. 優れた性能指標
    • DCゲイン精度≦1%
    • ノイズ≦0.45mVrms
    • ゼロ・ドリフト<0.1%
    • ゲイン・ドリフト<1%
  5. 応答性
    • オートゼロ機能は1秒未満で完了
    • 電源投入後すぐにテストが可能
  6. 低入力キャパシタンス
    • 5pF未満の入力キャパシタンス

これらの特徴のうち、特にCMRRはSiCやGaNなどの高速スイッチングデバイスを測定するうえで重要で、高周波コモンモードノイズを効果的に抑制することで真の信号波形を観測できるようになります。


ラインナップ

MOIPシリーズは周波数帯域に応じて6つのモデルがラインナップされています。

 

型式       MOIP100P MOIP200P MOIP350P MOIP500P MOIP800P MOIP1000P
    価格(税抜)       ¥566,000 ¥850,000 ¥1,256,000 ¥1,885,000 ¥2,574,000 ¥3,203,000
帯域幅    100MHz  200MHz 350MHz 500MHz 800MHz 1GHz
 立ち上がり時間     ≤3.5ns ≤1.75ns ≤1ns ≤700ps ≤438ps ≤350ps
CMRR  DC:180dB
100MHz:128dB
DC:180dB
200MHz:B122d
DC:180dB
350MHz:118dB
DC:180dB
500MHz:114dB
DC:180dB
800MHz:110dB
DC:180dB
1GHz: 108dB
   出力電圧範囲      ±2.5V ±2.5V ±1.25V ±500mV ±500mV ±500mV
ノイズ   <1.46mVrms <450µVrms
入力
インピーダンス
1MΩ || 10pF
ディレイ  15.42ns (ファイバー長さ2m) 16ns (ファイバー長さ2m)
電源  USB Type-C、DC:5V
ゲイン精度 1%
コモンモード
入力範囲 
60kVpk
ケーブル長 2m(カスタム可能)

 

また各モデルに対して、複数のアッテネータチップがオプションとして用意されており、測定対象の電圧範囲に応じて選択することができます。


競合優位性

Micsigの光アイソレーションプローブMOIPシリーズは価格と汎用性に優位性があります。価格については、新興メーカーということもあって競合製品と比較して安価に設定されています。また汎用性に関しては標準的なBNCコネクタを採用しており、各社製のオシロスコープでも使用できることは大きなメリットとなります。

 

光アイソレーションプローブと差動プローブの比較

光アイソレーションプローブと差動プローブの最も基本的な違いは、測定信号の伝送方式にあります。光アイソレーションプローブは電気信号を光信号に変換して伝送するのに対し、差動プローブは電気的な方法で信号を伝送します。ここではMicsig製 光アイソレーションプローブMOIP500Pと差動プローブDP10007の違いについて検証します。


スペック比較

 

        

 

特性  MOIP500P  DP10007
測定方式  光アイソレーション方式  アクティブ差動方式
帯域幅  500MHz  100MHz
立ち上がり時間 ≤700ps  ≤3.5ns
CMRR
(DC/最大帯域) 
180dB / 114dB(@500MHz) 80dB / 26dB(@100MHz)
同相電圧範囲  ±85kVpk ±1kVpk
差動電圧範囲 ±0.1V~±5000V  ±70V(×10) / ±700V(×100)
ノイズレベル <0.45mVrms  <4.5mVrms
DC精度 ≤1%  ≤2%
入力インピーダンス 1MΩ || 10pF  8MΩ || 1.25pF
アッテネータ 10:1~5000:1(交換式チップ) 10:1 / 100:1

 

 


上記のスペック表において、測定に関わる主要な性能差は以下の3つです。

  1. CMRR性能
     MOIP500Pは500MHz時でもCMRRが114dBを維持するのに対し、DP10007は100MHz時で26dB程度まで低下します。
  2. 立ち上がり時間
     MOIP500Pの立ち上がり時間は700psとDP10007の5nsと比較して約1/5となっています。これはGaNデバイスの5ns以下のスイッチング波形を正確に捉えるに大きな差となります。
  3. 差動電圧範囲
     MOIP500Pはアッテネータチップを変更することで最大±5000Vまで測定可能ですが、DP10007は最大±700Vまでとなっています。

 


評価ボードによる波形比較

ここではGaNデバイスが搭載されたMicsig製の評価ボードを使用して光アイソレーションプローブと差動プローブの測定波形の違いを検証します。

        

 


測定方法

この評価ボードはGaNデバイスによるハーフブリッジ回路が実装されており、ハイサイドQHのゲート・ソース間電圧VGSとローサイドQLのゲート・ソース間電圧VGSが測定できるようにテストポイントが設けられています。またコモンモードノイズによる干渉を制御できるようになっており、下部のタクトスイッチによってコモンモード電圧が0V(干渉なし)、20V、80V、300Vと切り替えられます。

 

        

 

 

光アイソレーションプローブは50:1のアッテネータチップを介してMMCXコネクタに接続します。これによって±25Vまでの差動電圧を測定できます。

        

 

 

差動プローブは減衰比を10:1として、チップ先端をテストピンに接続します。これにより差動電圧は±70Vの範囲を測定できます。

       

 

なお差動プローブのテストリードは可能な範囲でツイストペアにします。この理由はツイストにより2本のテストリードの相互インダクタンスが大きくなるためで、これによって外部から干渉するコモンモードノイズの影響を受けづらくなります。


光アイソレーションプローブによる測定

ここではハイサイドQHのゲート・ソース間電圧VGSを光アイソレーションプローブで測定します。光アイソレーションプローブを使用するにあたっては、オシロスコープの入力インピーダンスを50Ωに設定します。また光ファイバーによる遅延が生じるため、ディレイ(Delay)は16nsと入力します。

     

 

 

さらにプローブコントロールユニットに電源供給するためにUSB-Cケーブルを接続し、Cali.ボタンを押して補正を実行します。次に評価ボードの20Vのタクトスイッチを押して、回路を動作させます。するとスイッチング周波数が約40kHz、ピークツーピークで13.5Vの信号が出力されていることが確認できます。

 

        

 

 

スイッチング周波数は比較的低いですが、重要なのはプローブによって信号の立ち上がりと立ち下がりに歪みが生じていないかどうかです。波形を拡大してみると、OFFからONへと滑らかに遷移している様子が確認できます。つまりGaNデバイスを使用したハーフブリッジ回路が正常に動作しており、かつ光アイソレーションプローブが回路に影響を与えることなく波形を測定できているということです。

 

        

光アイソレーションプローブ コモンモード電圧20V時

 

 

またこのときの立ち上がり時間(Rise Time)は24.3nsとなっています。これをもとに測定に必要な周波数帯域を計算すると14.4MHz程度となります。

 

        

 

 

ここからコモンモード電圧を80V、300Vと変化させていきます。なお紫の波形は20Vのときの状態をリファレンスとして表示しているものです。

 

       

光アイソレーションプローブ コモンモード電圧80V時

 

 

        

光アイソレーションプローブ コモンモード電圧300V時

 

 

測定波形とリファレンス波形を比較すると、コモンモード電圧が80V時には歪みが全く生じていませんが、300V時にはわずかな歪みが生じています。ただしこの程度の歪みであれば、ほとんど問題になるレベルではありません。

 

 

差動プローブによる測定

つづいて同様のポイントを差動プローブで測定してみます。差動プローブも波形全体で見ると、歪みなどは特に無いように見えます。

       

 

 

しかしここから波形を拡大してみると、OFFからONへの遷移中にリンギングが生じている様子が確認できます。

        

差動プローブ コモンモード電圧20V時

 

 

光アイソレーションプローブを使用した場合、コモンモード電圧が20Vであっても波形に歪みは見られませんでした。一方で差動プローブではコモンモードノイズの影響が顕著に現れ、波形に歪みが生じました。この結果から光アイソレーションプローブの方が差動プローブよりも正確な波形測定が可能であることがわかります。ここからコモンモード電圧を大きくしていくと、波形の歪みもさらに大きくなります。

        

差動プローブ コモンモード電圧80V時

 

 

        

差動プローブ コモンモード電圧300V時

 

 

コモンモード電圧が300Vのときに至っては、誤判定の可能性が生じるほど遷移中のリンギングが大きくなっています。実際にメーカーの検証によると、コモンモード電圧を500Vかけた状態で差動プローブを接続したところGaNデバイスが爆発した事例もあったようです。(https://www.youtube.com/watch?v=r1H_VuJd7tk)このことから高速、かつ振幅の大きい信号に対して安易に差動プローブを使用すると、正しい波形を測定できないだけではなく、回路そのものを破壊してしまう可能性があることがわかります。つまり今後のパワーエレクトロニクス回路で主役を担うSiCやGaNデバイスの実力を正しく評価するためには、光アイソレーションプローブの使用が必要不可欠になるということです。

 

 

光アイソレーションプローブの使用上の注意事項

光アイソレーションプローブは高性能な測定ツールですが、その性能を最大限に活かすためには、使用上のいくつかの注意点を押さえておく必要があります。

 

帯域幅の選択

光アイソレーションプローブを選択するうえでは、測定対象の信号の周波数特性を考慮する必要があります。特にSiCやGaNデバイスの場合、立ち上がりや立ち下がりには高い周波数成分が含まれていることを理解しておく必要があります。なお経験則として立ち上がり時間と周波数帯域の関係は以下の式から求めることができます。

        

 

上式によると立ち上がり時間が1nsの信号の場合、350MHzの周波数帯域が必要となります。

 

 

CMRRの影響

コモンモードノイズの影響を排除して高速スイッチング信号を測定するためには、対象となる周波数帯域において100dB以上のCMRRがあることが望ましいです。一般的にプローブは周波数が高くなるにつれてCMRRが低下する傾向にあるため、最大周波数において十分なCMRRが確保されているかを確認しておくことが大切です。


アッテネータの選択

光アイソレーションプローブでは、測定対象の電圧範囲に応じて適切なアッテネータチップを選択する必要があります。アッテネータチップを選択するうえでは、測定電圧範囲とS/N比のバランスが重要になります。測定対象の最大電圧に対して十分なマージンを持ちつつ、S/N比を損なわない程度のもの選択することが大切です。



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