この記事では高周波における波長短縮の重要性について解説しています。

電磁波の性質

人間にとって最も身近な電磁波の一つに光があります。この光の速度は光速cとして以下のように定義されています。

これは約 30万km/mで、1秒間に地球を7.5周できる速さに相当します。そして光は電磁波の一種なので、当然電磁波の速度も30万km/mとなります。

 

電磁波の種類

電磁波の種類は波長、または周波数によって分類されています。光の分野では波長をもとに考えることが多いですが、電気・電子の分野では周波数で分類することが一般的です。この電磁波の中で電気信号に関連するのは3THz以下の電波領域で、電波領域の中でも周波数によってさらに種類が分かれています。

 

   

図1 電磁波の種類

 

 

   

図2 電波の内訳

 

 

周波数と波長には逆数の関係があります。つまり周波数が低いほど波長が長くなり、周波数が高いほど波長が短くなるということです。上図においてはUHF以上の周波数帯(マイクロ波、ミリ波など)が高周波と呼ばれる領域で、伝送線路上での位相の変化が大きく、分布定数回路として考える必要があります。

 

媒質中の電磁波の速度

光の性質として異なる媒質間で反射・屈折することが挙げられますが、この現象は電磁波でも同様に発生します。これは媒質の誘電率や透磁率が変化することによって、電磁波の速度が変化するためです。光速cは約 30万km/mですが、これは真空中という条件つきで規定された速度です。厳密には以下の式で計算されます。

     

 

   

ε0:真空の誘電率

εr:比誘電率

μ0:真空の透磁率

μr:比透磁率

空気の比誘電率εrと比透磁率μrはほぼ1であるため、空気中の光速は約 30万km/mとみなせます。一方で媒質が高い比誘電率εr、または比透磁率μrを持つ場合、光や電磁波の速度は低下します。

 

波長短縮とは

さてここからが本題です。媒質中で電磁波の速度が遅くなると、高周波でどのような影響が出るのかを考えてみます。

   

図3 波長短縮とは

 

距離と速度の関係

ある媒質中で電磁波の速度が遅くなると1秒間に進む距離が短くなります。電磁波の1秒間の進行距離dは真空の光速をc0とすると、媒質の比誘電率εrと比透磁率μrから求まります。

   



波長短縮率

一方で電磁波の周波数は媒質によって変化することはありません。なぜなら周波数は電磁波が振動する回数によって規定されるためです。そして周波数fが一定だとすると、媒質中の電磁波は波長λが短くなるということになります。

   

 

ここで真空の波長をλ0とすると、媒質中の波長は以下のように表せます。

   

実際の媒質においては、λ0に掛かる係数(1/√εr)のことを波長短縮率と呼びます。なお媒質のほとんどが非磁性体であるため、比透磁率μrは省略されることがほとんどです。

 

 

速度係数

電磁波に対する媒質の影響を波長で表す場合は波長短縮率を用いますが、速度を基準に考える場合は速度係数という表現を用います。速度係数(VF:Velocity Factor)は媒質中の速度vpと光速c0の比によって表されます。

   

 

波長短縮の実際

実際の伝送線路では形状によって波長短縮の影響度合いが異なります。

 

同軸ケーブルの波長短縮

同軸ケーブルは信号を伝送するための中心導体とGNDとなる外導体によって構成されます。また中心導体と外導体の間には電気的な絶縁や形状保持を目的として絶縁体が挟まれています。

 

   

図4 同軸ケーブルの構造

 

そして信号伝送の際は直交する電界と磁界が絶縁体の中を進んでいきます。このとき絶縁体は空気と比較して比誘電率が高いため波長短縮が発生します。一般的な同軸ケーブルでは絶縁体にポリエチレンが使用されており、比誘電率はεr=2.3、比透磁率はμr=1です。つまり同軸ケーブル中の波長は真空の波長に対して66%程度になるということです。

   

 

マイクロストリップラインの波長短縮

マイクロストリップラインは信号を伝送するための配線パターンとGNDとなるベタパターンが向かい合わせの構造となっています。また配線パターン下方には、GNDベタとの間に絶縁を目的としたコア材やプリプレグと呼ばれる絶縁体が挟まれていますが、一方で配線パターンの上方には媒質が存在しません。

   

図5 マイクロストリップラインの構造

 

 

そのため信号伝送時には電界や磁界がすべて絶縁体中を通るのではなく、一部は配線パターンの上方の空気中を伝搬します。このとき伝送線路全体の実効誘電率εeffは、絶縁体と空気の比誘電率の間の値となり、以下のように計算で求まります。

   

 

H:絶縁体の厚み

W:配線パターンの幅

ただし実際の実効誘電率は専用の計算ツールや電磁界シミュレータと用いて計算することが一般的です。例えば伝送線路のシミュレータの1つであるQucsStudio のTransmission Line Calculatorを使用すると、特性インピーダンスが50Ω、絶縁体の厚みが1mmのFR4(比誘電率εr=4.5)基板では実効誘電率εeff=3.36となります。また実効誘電率を加味した波長短縮率は54.5%となります。

   

 

図6  Transmission Line Calculator

実践における波長短縮の取り扱い

最後に高周波回路の実務で波長短縮を考慮すべき場面を紹介します。

 

伝送線路設計

プリント基板設計では波長短縮を加味したパターン設計が重要になります。とりわけ配線長が波長短縮後の共振周波数と一致すると、不要なノイズ放射の原因となることがあります。

 

GNDパターン設計

放射ノイズに関連する事柄の1つにGNDパターンの接地間隔があります。これは経験則としてλ/20以下の間隔でビアを配置すると良いというものですが、このλ/20も波長短縮の影響を加味して設計しておくことが大切です。

 

電気長補正

ベクトルネットワークアナライザ(VNA)はキャリブレーションを通じて測定基準面を定めますが、すべての場面でDUTに直結できるわけではなく、伝送線路を通じてDUTの特性を測定することがあります。この測定結果はDUTの特性以外に伝送線路の特性も含んでいますが、電気長補正を通じてその影響を排除することができます。ただしこの電気長補正を正確に行うには、伝送線路の波長短縮の影響を考慮する必要があります。

 

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