スペクトラムアナライザ入門(6)実際のアプリケーション例

 

■はじめに
スペクトラムアナライザは、研究開発、製造検査、保守点検、トラブル解析など、幅広い分野で活用されています。測定の基本機能を理解したら、次は「どのような現場で、どんな目的で使われているのか」を知ることが重要です。本記事では、代表的なアプリケーション例を用途別に紹介し、スペアナの実践的な使い方を具体的に学んでいきます。

 

■アプリケーション1:無線通信機器の送信特性評価
無線機器の開発や試験では、送信信号の周波数、出力レベル、帯域幅、スプリアスなどの項目を正確に測定する必要があります。

・ 搬送波の周波数とレベルを測定し、仕様どおりに動作しているか確認
・ 変調信号のスペクトル拡がりを観察し、占有帯域が規格内に収まっているかチェック
・ 隣接チャネル漏れ(ACP:Adjacent Channel Power)を測定し、他チャネルへの干渉を確認
・ 不要輻射(スプリアス)測定で、無関係な周波数に信号が出ていないか検出

Bluetooth、Wi-Fi、LTE、LoRaなど、さまざまな通信方式の評価にスペアナは欠かせません。

 

■アプリケーション2:RFアンプやフィルタの特性測定
高周波回路に使われるアンプやフィルタの周波数特性を可視化するために、スペアナは非常に有効です。

・ アンプの利得(ゲイン)とフラットネスを、入力と出力を比較して確認
・ フィルタの通過帯域、遮断特性、スロープ(減衰傾斜)などを観察
・ 入力にスイープ信号(またはトラッキングジェネレータ)を用いて、周波数ごとの応答をプロット
・ リップル(通過帯域内の変動)や、通過損失・阻止帯域の減衰量を評価

VNA(ベクトルネットワークアナライザ)ほど精密な位相情報は得られませんが、簡易な周波数応答確認には十分です。

 

■アプリケーション3:スイッチング電源のノイズ測定
スイッチング電源は、設計や負荷状態によりさまざまな周波数のノイズを発生します。その周波数成分を可視化するためにスペアナが使われます。

・ ACラインに重畳するノイズ成分を観測(低周波〜数十MHz)
・ スイッチング素子(MOSFETなど)のオン・オフに伴う高調波の出現を確認
・ ゼロスパンモードで、ノイズパルスの時間的変動を観測
・ フィルタ前後のスペクトルを比較し、ノイズ除去効果を評価

電源設計の現場では、EMI対策としての測定も含め、スペアナが非常によく使われます。

 

■アプリケーション4:EMC/EMIの予備評価
EMI(電磁妨害)試験は認証コストが高く、正式な試験の前に社内で予備評価を行うケースが増えています。

・ シールドルームや簡易電波暗箱内で製品を動作させ、スペアナで放射ノイズを観測
・ アンテナや近接プローブを使って、ノイズの発生源を特定
・ ノイズが規格(CISPRなど)で定める許容値を超えていないかを事前チェック
・ 対策後のスペクトル変化を比較し、効果を可視化

正式なEMC測定には専用の測定器が必要ですが、スペアナによる簡易測定でもノイズ傾向の把握は可能です。

 

■アプリケーション5:信号干渉・妨害(インターフェア)の特定
実環境では、複数の信号が混在し、思わぬ干渉が発生することがあります。スペアナは、こうしたトラブルの原因特定に役立ちます。

・ 2.4GHz帯(Wi-Fi、Bluetooth、Zigbeeなど)での信号重複確認
・ 通信機器の近くで意図しない信号が出ていないか確認
・ スペクトログラム表示(リアルタイムスペアナ機能)で、変動する干渉波を可視化
・ トリガやピークホールドを使って、一瞬しか現れない信号を捕捉

無線通信環境の健全性を確認するためにも、スペアナは非常に有効です。

 

■アプリケーション6:産業機器や医療機器のRF特性確認
産業用・医療用の電子機器でも、規格適合や信頼性確認のためにRF測定が必要とされます。

・ 工業用PLC(Power Line Communication)や無線制御機器の信号確認
・ 医療機器が意図しない高周波を発していないか確認
・ 設備間のノイズ伝播や再放射の調査
・ 近傍界測定により、筐体やケーブルからの放射を可視化

製品の品質保証だけでなく、安全性の確保にも役立ちます。

 

■アプリケーション7:教育・研修用途での波形可視化
教育現場でも、スペクトラムアナライザは実験教材として有効に活用されています。

・ 正弦波、矩形波、三角波の周波数成分を観察し、フーリエ展開を視覚的に理解
・ ノイズ源や干渉信号のモデルを用意し、測定実習を通じてEMCを学ぶ
・ 時間軸表示(オシロスコープ)と周波数軸表示(スペアナ)の違いを体験させる
・ 学生の理解促進や企業研修での実習ツールとして最適

視覚的な理解を促すために、スペアナは非常に教育効果の高いツールです。

 

■まとめ
スペクトラムアナライザは、無線通信、電源ノイズ、EMI対策、機器評価、教育など、さまざまな分野で活用される万能測定器です。信号を「見る」だけでなく、「比べて」「判断する」ための基盤として、現場での導入が進んでいます。

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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次

第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。

第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。

第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。

第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。

第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。

第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。

第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。

第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。

第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。