スペクトラムアナライザ入門(9)発展的な使い方と技術動向
■はじめに
スペクトラムアナライザは、アナログ高周波時代から現在のデジタル無線通信時代に至るまで進化を続けてきました。近年では、リアルタイム解析機能やベクトル解析、デジタル信号処理機能などを搭載した高度なモデルも登場し、従来の「信号の強度を見る道具」から「信号の中身を理解する道具」へと役割が広がっています。本稿では、スペアナの発展的な使い方と最新技術の動向について紹介します。
■リアルタイムスペアナ(RTSA)の登場と活用
従来のスイープ型スペアナでは、信号を順番にスキャンしていく方式のため、瞬間的な信号や断続的な干渉を見逃すことがありました。これを克服するのがリアルタイムスペクトラムアナライザ(RTSA)です。
・ 同時に広帯域をFFT解析し、瞬間的な信号も見逃さずキャプチャ
・ スペクトログラム表示で時間変化を可視化(横軸:時間、縦軸:周波数、色:強度)
・ マスク機能を使った異常検出や、トリガ付き捕捉も可能
・ Wi-Fi、Bluetooth、Zigbeeなど混在する環境の干渉解析に有効
RTSAは特にEMC、通信品質、干渉解析の現場で導入が進んでいます。
■ゼロスパンモードと時間軸観測
スペアナの「ゼロスパン(Zero Span)」機能は、特定周波数の信号強度を時間軸で表示するモードです。これにより、一定周波数成分のパルス状変動や変調パターンを観測できます。
・ 周波数を固定し、信号の時間的な変動を観察
・ AM/FM変調の観測や、パルス通信の波形確認に活用
・ トリガ機能と組み合わせて、イベント同期が可能
・ デューティ比測定、バースト信号の持続時間確認にも使用
時間解析機能は、スペアナを「簡易オシロスコープ」として使う応用につながります。
■IQ信号取得とベクトル解析
上位機種では、RF信号をI(In-phase)/Q(Quadrature)成分としてデジタル変換・保存できる機能があります。これにより、位相情報を含んだ高度な解析が可能になります。
・ デジタル変調信号の復調(PSK, QAM, FSKなど)
・ エラーベクトルマグニチュード(EVM)の計算
・ 信号品質の定量評価
・ IQデータをPCに転送し、外部ソフトで波形再構成・変調解析も可能
これにより、従来はオシロスコープや信号アナライザでしかできなかった測定が、スペアナでも実現可能になります。
■トラッキングジェネレータによるスカラ測定
トラッキングジェネレータ(TG)付きスペアナでは、周波数掃引信号を出力し、外部回路を通した応答を測定できます。これは「スカラネットワーク解析(SNA)」に近い測定が可能です。
・ フィルタやアンプの周波数特性(ゲイン/ロス)を測定
・ ケーブルの減衰特性確認
・ 伝送路のVSWR(電圧定在波比)評価
・ 簡易インピーダンス測定にも応用可能
ベクトル情報(位相)は得られませんが、低コストで周波数特性の確認ができる利点があります。
■周波数拡張とミリ波対応
近年では、5Gやレーダー分野で30GHz以上のミリ波帯域の測定ニーズが高まっており、それに対応したスペアナも登場しています。
・ 上限20GHz/26.5GHz/40GHz超のハイエンドモデルが登場
・ 外部ミキサを使って110GHz以上を測定する構成も存在
・ 導波管や同軸変換アダプタなど、高周波対応アクセサリが必要
ミリ波帯では、測定系全体の損失・反射・ノイズの影響も大きくなるため、プローブやケーブルの品質も重要です。
■PC連携と自動測定・記録
スペアナにはUSBやLAN経由でPCと接続し、自動測定やデータ記録を行える機種が増えています。
・ SCPIコマンドでリモート制御し、複数周波数を連続測定
・ CSV形式でトレースデータを出力し、ExcelやPythonで解析
・ 長時間記録による信号変動の監視やログ取得
・ 製造検査ラインでの自動判定・データ保存にも対応
測定器単体では難しい処理も、PCと組み合わせることで高度な運用が可能になります。
■小型・低価格モデルの進化
最近では、10万円台〜の小型スペアナも登場しており、教育機関やホビー用途でも導入が広がっています。
・ USB接続型やハンドヘルド型のモデルが増加
・ 周波数帯域は数GHzまで、TGや簡易VNA機能付きも
・ 基本機能に絞ることで低価格化と小型化を実現
・ 電波の「見える化」を気軽に試せる入門用として好評
入門者が実際にスペクトラム測定を体験できる環境が整いつつあります。
■まとめ
スペクトラムアナライザは、測定対象の多様化とともに進化を続けています。リアルタイム解析、IQ信号処理、ミリ波対応、自動測定、低価格モデルの登場により、その用途は従来の通信機器評価から教育、IoT、EMC、5G開発まで大きく広がりました。
本シリーズを通じてスペアナの基礎から応用までを理解し、皆様の測定スキル向上と業務活用に役立てていただければ幸いです。
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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次
第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。
第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。
第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。
第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。
第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。
第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。
第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。
第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。
第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。