マルチオービット構想とは、複数の異なる軌道(オービット)上に配置された人工衛星システムを相互に連携・統合させ、それぞれの軌道の特性を活かし、単一のシステムでは実現できない高性能で柔軟な通信・観測ネットワークを構築する戦略的なアプローチです。
これは、宇宙利用の高度化と、地上ネットワーク(NTN: Non-Terrestrial Network)とのシームレスな統合を目指す次世代の衛星通信の主流となる考え方です。
軌道の種類と特性
「マルチオービット」を構成する主な軌道は、以下の3種類です。
| 軌道 | 英語略称 | 特徴 | 利点 | 欠点 |
| 静止軌道 | GEO (Geostationary Earth Orbit) | 高度約36,000 km。地球の自転と同じ速度で周回するため、地上から見ると静止している。 | 広いサービスエリアを1機の衛星でカバーできる。常時接続性に優れる。 | 地上との距離が遠く、通信遅延(レイテンシ)が大きい。高コスト。 |
| 中軌道 | MEO (Medium Earth Orbit) | 高度約2,000 km~36,000 km。 | GEOとLEOの中間の特性を持つ。遅延とカバレッジのバランスが良い。 | 衛星数が増える傾向がある。 |
| 低軌道 | LEO (Low Earth Orbit) | 高度約500 km~2,000 km。 | 地上との距離が近く、低遅延を実現できる(数十ミリ秒)。衛星やロケットの小型化・低コスト化が可能。 | 狭いサービスエリア。多数の衛星(コンステレーション)が必要で、周回しているため常時接続には多数の衛星と切り替え技術が必要。 |
マルチオービット構想の目的とメリット
マルチオービット構想の最大の目的は、それぞれの軌道の強みを掛け合わせ、弱点を補完することによる、究極の信頼性、高性能、柔軟性を実現することです。
1. 高性能化・高信頼性
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低遅延と広カバレッジの両立:
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GEO衛星で広域・常時接続を確保しつつ、LEO衛星で低遅延が必要なサービス(金融取引、遠隔医療、ゲームなど)を提供します。
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通信の強靱化(レジリエンス):
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災害などで地上通信網や単一軌道の衛星が機能不全に陥った場合でも、他の軌道の衛星がバックアップとして機能することで、通信途絶のリスクを大幅に低減できます。
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2. 柔軟なサービス提供
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多様な通信需要への対応:
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航空機や船舶への機内接続サービス、離島や山間部などの未整備地域への通信インフラ提供、安全保障用途など、異なるニーズに最適な軌道の衛星を組み合わせて対応できます。
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負荷分散と効率化:
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大量のデータ通信はLEOコンステレーションで行い、基幹的な通信はGEOで担うなど、通信トラフィックを効率的に分散できます。
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課題
マルチオービット構想の実現には、以下のような課題があります。
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システム間連携技術:
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異なる軌道を周回する衛星同士(衛星間通信)や、地上局との間で、電波や**光(光衛星間通信)**を用いてシームレスにデータをやり取りするための、高度なスイッチング・ルーティング技術の確立が必要です。
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周波数管理と電波干渉:
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LEO衛星の増加に伴い、使用する周波数帯域の競合や、異なる軌道のシステム間での電波干渉を回避するための国際的なルール作りや技術的な対策が不可欠です。
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セキュリティと制御:
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複数の事業者や国の衛星が混在する複雑なネットワークにおいて、高いレベルのサイバーセキュリティと、全体を効率的に制御・運用する技術(ネットワーク管理システム)の開発が求められます。
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地上システムの対応:
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衛星からの信号を受信するアンテナ側も、複数の軌道(移動するLEO衛星と静止しているGEO衛星)に対応できるマルチオービット対応端末の開発が必要です。
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