
校正はなぜ重要?VNAでのキャリブレーション手順とその意味
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VNA測定における「校正(キャリブレーション)」の重要性
ベクトル・ネットワーク・アナライザ(VNA)は、高周波信号の伝送特性や反射特性を高精度に測定するための計測器です。その性能を最大限に引き出すために不可欠なのが「校正(Calibration)」です。
校正を行わずにVNAで測定を行うと、ケーブルやコネクタ、内部誤差の影響が測定結果にそのまま現れてしまい、正確なSパラメータが得られません。特にGHz帯域以上の測定では、数センチの誤差が大きな測定誤差に直結します。
つまり、VNAの精度は校正を適切に行えるかどうかに大きく左右されるのです。
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なぜ誤差が生じるのか?測定系の中にある“不確かさ”
VNA測定では、信号源から出力された信号が、DUT(Device Under Test)を通過して戻ってくるまでの間に、さまざまな誤差要因が含まれます。
【主な誤差要因】
・ケーブルの位相ずれ
・コネクタ接続の反射ロス
・測定ポートの不整合
・回路内部の周波数特性のばらつき
・漏れ信号(クロストーク)やノイズ
これらの影響をキャンセルするために、「校正キット」と呼ばれる既知の特性を持つ基準アダプタ(ショート・オープン・ロードなど)を用いて、測定系の補正係数を算出・適用します。
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代表的な校正方式:SOLT・TRL・ECal
VNAでは測定対象や精度に応じて複数の校正方式が用意されています。代表的な3つを紹介します。
【1】SOLT(ショート・オープン・ロード・スルー)
最も一般的な手法で、校正キットに含まれるSMAタイプのアダプタを使って4つの状態を順に測定します。
・Short:端子をショート状態に
・Open:開放状態に
・Load:50Ωの終端抵抗を接続
・Through:2ポート間を直結
手軽で扱いやすく、1GHz〜6GHz程度までの測定では高い精度が得られます。
【2】TRL(Thru-Reflect-Line)
高周波帯域や基板測定に用いられる手法で、微小な誤差まで補正可能です。特殊な基板ラインが必要ですが、校正精度が高くSパラメータの波形安定性が良好です。
【3】ECal(Electronic Calibration)
自動校正モジュールを使用する手法で、ケーブルの抜き差し不要。ボタン操作だけで数秒〜数十秒で高精度な校正が完了します。
SIGLENTやR&Sなど多くのメーカーが対応製品を出しています。
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基本的なSOLT校正の流れ【2ポート例】
ここでは最も一般的なSOLTによる2ポート校正の手順を簡単に説明します。
【ステップ1】VNAのウォームアップ
→ 測定器が安定するまで30分以上通電し、内部温度を一定に保ちます。
【ステップ2】校正モードに入る
→ VNAメニューから「Full 2-Port Calibration」または「SOLT 2-Port」などの項目を選択。
【ステップ3】1ポートずつShort/Open/Loadを実施
→ 測定ポート1、次にポート2で、それぞれSMAアダプタを順に取り付けて測定。
【ステップ4】Through測定
→ 2つのポート間をThruアダプタで直結し、S21/S12の透過特性を補正。
【ステップ5】完了・校正係数保存
→ 測定系に対する補正係数が内部に設定され、これ以降の測定が高精度化。
ポイントは、測定中の再接続やケーブルの動作を避けることです。校正と測定は、同じ環境下で行うことが大原則です。
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キャリブレーションに失敗しやすいケースと対処法
●アダプタの取り付けが緩い/強すぎる
→ SMAコネクタはトルク管理が必要。専用レンチで適正トルク(8in-lbfなど)で締結しましょう。
●校正中にケーブルを動かしてしまった
→ 位相ズレが発生します。校正後は動かさず、固定具の使用がおすすめです。
●校正アダプタのピンが変形していた
→ 見た目ではわかりにくい損傷も、測定エラーの原因になります。定期点検を怠らず、摩耗が進んだら交換を。
●校正結果が保存されていなかった
→ 校正後に「Apply」「Save」を忘れると無効になります。メモリに校正セットを保存し、誤動作に備えましょう。
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校正を定期的に行うべき理由
「一度校正したらずっと使える」と思われがちですが、現実には次の理由で定期的な再校正が必要です。
・ケーブルや端子の摩耗・劣化
・温度や湿度による測定環境の変動
・取り外し/再接続による誤差再発
・長時間連続測定による内部のドリフト
一般的には、測定前・測定環境が変わったとき・ケーブルを触った後などに再校正を行うのが理想です。
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校正済み=信頼できるデータが得られる証明
VNA測定は繊細で、GHz帯になるほど誤差が顕著になります。
正しい校正がなければ、どんなに高性能なVNAを使っても測定結果の信頼性は保証されません。
特に、アンテナの共振点・S21のピーク・S11の整合状態などを評価する場合、±1dBや±5°のズレでも製品の良否判断を誤る可能性があります。
そのため、測定者は**「機器の使い方」ではなく「測定系を整える技術(校正)」を最初に身につけるべき**だと言えます。
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まとめ:VNA測定の精度は校正が決める
VNAの測定精度は、校正がすべてと言っても過言ではありません。
正しい手順で校正を行うことで、VNAの性能を100%引き出し、信頼性の高い測定が可能になります。
・誤差の原因を補正するには、校正が不可欠
・SOLT校正は実験現場でもすぐに実施可能
・ECalやTRLなどの校正法も用途に応じて活用
・定期的な再校正で信頼性を継続的に確保
測定技術の基本は、「まず校正から」。
確かな結果を求めるすべての技術者にとって、VNA校正は避けて通れない必須スキルです。