SIGLENT (シグレント)スペクトラム・アナライザ SSA5000Aシリーズ

Direct RF Sampling Transceiver(ダイレクトRFサンプリング・トランシーバー)とは、無線通信の送受信機(トランシーバー)のアーキテクチャ(構成)の一つで、アンテナから受け取った高周波(RF)信号を、途中の周波数変換をほとんど介さずに、直接デジタル信号に変換(サンプリング)する技術を採用したものです。

これにより、従来の複雑なアナログ回路を大幅に削減し、システムの小型化、柔軟性、および広帯域化を実現します。


 

💡 仕組みの概要

 

 

従来のトランシーバーとの違い

 

項目 従来の方式(スーパーヘテロダイン/ゼロIF) ダイレクトRFサンプリング
受信(RX)

RF信号 ミキサで中間周波数(IF)に変換  ミキサでベースバンドに変換 ADC(A/D変換)

RF信号 → 高速度ADCで直接デジタル化 デジタル処理
送信(TX) DAC → ミキサでIFに変換 → ミキサでRFに変換 DAC → 高速度DACで直接RF信号を出力  → アナログフィルタ
アナログ回路 多数のミキサ、ローカルオシレーター(LO)、中間周波数フィルタが必要 最小限のLNA(低ノイズアンプ)やフィルタのみ

 

技術的なポイント

 

  1. 高周波・高速度のデータコンバーター(ADC/DAC):

    RF信号を直接サンプリングするためには、RF周波数帯域全体をカバーできる、非常に高いサンプリング周波数と分解能を持つ超高速ADC/DACが必要です。

  2. ナイキスト・ゾーンの利用:

    サンプリングされたデジタル信号は、ナイキスト・ゾーン(サンプリング周波数の整数倍の範囲)のどこかにエイリアシング(折り返し)しますが、この性質を利用して、デジタル処理で目的のRF信号を抽出します。


 

✨ メリット(利点)

 

ダイレクトRFサンプリングは、特にソフトウェア無線(SDR)やマルチバンドのアプリケーションで大きな利点があります。

  • システムの簡素化と小型化(SWaP-Cの改善)

    • ミキサやローカルオシレーター(LO)などのアナログ部品を大幅に削減できるため、回路基板の面積が小さくなり、消費電力(Power)とコスト(Cost)が低減されます。

  • 柔軟性・再構成性

    • 周波数変換やフィルタリングのほとんどをデジタル領域で行うため、ソフトウェアの変更だけで異なる通信規格や周波数帯に対応できます(ソフトウェア無線化が容易)。

  • 広帯域幅への対応

    • 単一のハードウェアで非常に広い瞬時帯域幅(Instantaneous Bandwidth)の信号を処理でき、5Gなどの広帯域通信マルチバンドシステムに最適です。

  • 性能の向上

    • アナログ回路が少なくなることで、ミキサで発生するノイズ(LOリーク、イメージ信号など)や、アナログフィルタの部品ばらつきによる性能劣化のリスクが低減します。


 

⚠️ 課題

 

利便性が高い一方で、以下のような技術的な課題もあります。

  • データコンバーターの要求性能:

    RF信号の周波数が高くなるほど、ADC/DACにはさらに高いサンプリング速度と、より低いノイズ、高い直線性(リニアリティ)が求められます。特にGHz帯での高性能化には技術的な難しさがあります。

  • ジッタの影響:

    高速サンプリングを行うため、ADC/DACのクロック信号の**ジッタ(時間的な揺らぎ)**が、システムのノイズや信号品質(S/N比)に大きな影響を与えます。

 

主な応用分野

 

  • 5G/6G基地局:広帯域かつマルチバンド対応の無線機

  • レーダー:特にフェーズドアレイレーダー(複数の受信機で位相コヒーレンスが必要)

  • 電子戦(EW)/信号情報(SIGINT):広大な周波数スペクトルを監視・分析

  • ケーブルインフラ(DOCSIS)