
ミックスドモードSパラメータは、USB、HDMI、PCI Express、1000BASE-T1、10GBASE-T1などの高速差動信号伝送路の特性を評価するための非常に重要な指標です。これは、信号の伝わり方や反射だけでなく、ノイズの発生や耐性も評価できるため、現代の電子機器設計に不可欠となっています。
ミックスドモードSパラメータを測定する際、VNA(ベクトル・ネットワーク・アナライザ)のソース数(信号源の数)とポート数は、測定手法と結果の精度に大きく影響します。
差動回路(4ポート)の測定における、一般的なシングルソース(1ソース)のVNAとデュアルソース(2ソース以上)のVNAのメリットとデメリットは以下の通りです。
1. シングルソースVNA(4ポート以上、ただし一度に1ポートだけを励振)
これは、通常普及しているマルチポートVNAの測定手法です。各ポートを順次励振し、得られたシングルエンドSパラメータをソフトウェアでミックスドモードに変換します。
メリット 👍 | デメリット 👎 |
コストが低い | 真の差動特性を直接測定できない |
汎用的な標準VNAで対応可能 | 非線形デバイスの測定に不向き |
測定校正が比較的容易 | 測定に時間がかかる。測定速度が遅い (順次励振のため) |
線形受動デバイス(伝送線路など)の特性評価に十分な精度 | モード変換項の精度が低下する可能性 (特に終端が不完全な場合) |
2. デュアルソースVNA(4ポート以上、同時に2ポート以上を励振可能)
これは「True Balanced Measurement(真のバランス測定)」とも呼ばれる手法で、VNAが差動信号や共通モード信号を直接生成してDUT(被測定デバイス)に入力します。
メリット 👍 | デメリット 👎 |
真の差動/共通モード特性を直接測定 | VNA本体のコストがメーカーによっては非常に高い |
非線形デバイス(アンプなど)の測定に優位性がある | 校正が複雑で時間もかかる(E-calにより解決可能) |
モード変換(Sdc, Scd)の精度が向上する | |
モード変換項をダイレクトに測定できる | |
高速な測定が可能 (同時に複数の刺激を生成できるため) |
まとめ
項目 | シングルソースVNA(変換) | デュアルソースVNA(直接) |
測定手法 | 各ポートを順次励振 → シングルエンド を測定 → ソフトウェアで に変換。 | 2ポートを同時に励振 → 真の差動・共通モード信号を直接入力 → Sdd, Sdc, Scd, Sccなどを直接測定。 |
精度 | 線形受動デバイスに対しては十分。非線形性や不完全終端の影響を受けやすい。 | 最も正確。真の動作条件を再現できるため非線形デバイスにも適している。 |
コスト | 低い。標準的なマルチポートVNAで済む。 | 高いことが多い。専用の測定オプションが必要。 |
主な用途 | 伝送線路、コネクタ、パッシブデバイスの特性評価。 | 差動アンプ、ミキサなどのアクティブ/非線形デバイス、最高精度の評価。 |
従来ではほとんどの信号インテグリティの解析では、コスト面から、シングルソースVNAによるシングルエンドSパラメータの測定と、その後のソフトウェアによるミックスドモードへの変換が標準的な手法として広く採用されていましたが、高速差動信号伝送路の周波数の大幅な高周波化により、最高の精度が求められる場合や、アクティブデバイスの非線形な挙動を評価したい場合に、デュアルソースVNAの出番となっています。最近では、SIGLENT製SNA5004Aのように低価格でも標準で「デュアルソースVNA」の機種も販売されています。
まとめ
ミックスドモードSパラメータは、単に信号がどれだけ減衰するかだけでなく、信号がノイズに変わる量(EMI)や、ノイズが信号に与える影響(イミュニティ)を定量的に評価できる強力な指標です。
CAEツールを駆使してこのパラメータを活用することで、製品を実際に製造する前に、高速信号伝送における信号品質やEMCの問題をPC上で詳細に分析・解決することができ、開発の手戻りを減らし、信頼性の高い製品設計を実現します。
この動画では、ミックスドモードSパラメータの基本的な考え方について分かりやすく解説されています。
EMC村の民「ミックスドモードSパラメータとは」より
ミックスドモードSパラメータは、平衡回路や差動伝送回路の特性を表すときに使用されるパラメータで、例えばUSB、HDMIや10GBASE-T1といった高速の差動通信規格の評価に使用されています。 はじめにSパラメータについて簡単におさらいした後に、ミックスドモードSパラメータの概要とその評価方法について解説します。
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EMC村の民「平衡回路と不平衡回路」より
平衡回路と不平衡回路の「特徴」と「用途」について解説します。
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EMC村の民「ポートネットワークアナライザの活用方法」より
SIGLENT製のSNA5004A(標準でデュアルソースVNA)をもとに 4ポートネットワークアナライザ(VNA)の活用方法を解説しています。
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EMC村の民「コモンモードチョークコイルの選び方」より
コモンモードチョークコイルの「概要」「特徴」「注意事項」について解説します。 コモンモードチョークコイルは、ディファレンシャルモードに対して低いインピーダンスとなる必要があり、これをミックスドモードSパラメータで表現すると、ディファレンシャルモードの減衰量Sdd21が高い周波数まで小さい必要があることなどと解説。
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