スペクトラムアナライザ入門(2)基本構成と動作原理
■はじめに
スペクトラムアナライザは、周波数ごとに信号のレベルを表示する測定器ですが、その内部ではいくつもの重要な回路ブロックが連携して動作しています。今回は、スペアナの代表的な方式である「掃引型スペアナ(スイープ型)」を中心に、その基本構成と信号処理の流れを解説します。構造を理解することで、設定項目の意味や測定結果の解釈がより深まります。
■全体の構成概要
掃引型スペアナは、以下のような主要ブロックで構成されています。
・ 入力アッテネータ(ATT)
・ ローパスまたはハイパスフィルタ
・ ローカルオシレータ(LO)
・ ミキサ(MIXER)
・ 中間周波数フィルタ(IFフィルタ、RBW)
・ 検波回路(DETECTOR)
・ ビデオフィルタ(VBW)
・ A/D変換+表示処理(DSP、ディスプレイ)
それぞれのブロックには役割があり、測定性能に直結しています。以下、順を追って見ていきます。
■入力アッテネータ(ATT)
最初に信号が入る部分です。ここでは入力信号の電力を減衰させて、スペアナ内部の回路が過大入力で壊れないように保護します。
・ 外部信号のレベルに応じて減衰量を切り替える(例:0dB〜40dB)
・ 入力インピーダンスは通常50Ωに固定されている
・ 正確な測定のため、信号源とスペアナ間のインピーダンス整合が必要
信号のダイナミックレンジを保ちながら、適切な信号レベルに調整する重要な役割を担っています。
■ローカルオシレータ(LO)とミキサ
スペアナの核となる部分です。観測したい周波数に応じて、内部で発振するLOの周波数をスイープ(連続変化)させ、入力信号と混合(ミキシング)することで中間周波数(IF)信号を取り出します。
・ ミキサは2つの信号を混ぜて、新しい周波数成分(和と差)を作る回路
・ IF信号(通常は固定周波数)を取り出すことで、後段のフィルタと検波を一定条件で処理できる
・ LOの周波数を少しずつ変えていくことで、入力信号の全帯域をスキャンして表示する
このLO+ミキサの動作により、広帯域な測定が可能になります。
■IFフィルタ(中間周波数フィルタ)=RBW
IF信号は、RBW(Resolution Bandwidth)と呼ばれる分解能帯域幅の設定によりフィルタされます。これは「どれくらい細かく周波数成分を分離するか」を決める項目です。
・ RBWが狭いほど周波数分解能は高い(ただし測定時間は長くなる)
・ RBWが広いと高速に測定できるが、近接した信号を分離できない
・ 通常、1Hz〜1MHzの範囲で設定可能(機種により異なる)
RBW設定は、スペアナの最も重要な性能のひとつです。
■検波回路とビデオフィルタ(VBW)
RBWフィルタを通過した信号は、検波回路で「周波数 vs パワー」の波形に変換されます。この検波にはいくつかの方式があります。
・ 正ピーク検波(ピークを拾う)
・ 負ピーク検波(ノイズ測定など)
・ RMS検波(平均パワー測定に最適)
さらに、ビデオ帯域幅(VBW)というフィルタがあり、表示する波形の滑らかさを調整します。
・ VBWを狭くすると波形が滑らかになるが、応答速度が遅くなる
・ VBWを広げると素早い変動も追えるが、ノイズも表示されやすくなる
RBWが「周波数分解能」、VBWが「表示の滑らかさ」と理解するとわかりやすいです。
■A/D変換と表示処理
検波された信号は、A/D変換器でデジタル信号に変換され、ディスプレイ上に「周波数 vs レベル」として表示されます。近年のスペアナは、DSP(デジタル信号処理)によりリアルタイム処理やトレース演算が可能になっています。
・ トレース保持(最大値、最小値、平均)
・ マーカ機能によるピーク周波数の読み取り
・ ログスケールやリニア表示の切り替え
これにより、ユーザーは信号の傾向や変動を視覚的に把握できます。
■信号の流れまとめ
スペアナ内部での信号処理の流れは以下のように整理できます。
外部信号 → アッテネータ → ミキサ(+LO) → IFフィルタ(RBW) → 検波 → VBW → A/D変換 → 表示
この一連の流れを理解しておくことで、設定変更時に何が起きているかを意識しながら操作できるようになります。
■FFT方式との違い
最近では、FFT(高速フーリエ変換)を用いたスペアナも増えてきましたが、内部構成は大きく異なります。
・ 掃引型:周波数を1点ずつ順にスキャン → 高ダイナミックレンジ、高精度
・ FFT型:一括で信号を取り込み、時間的に短時間で周波数解析が可能 → 広帯域・低周波に強い
どちらも一長一短があり、使用目的に応じた選定が重要です。
■まとめ
掃引型スペクトラムアナライザは、ミキサやLO、IFフィルタなどの回路で構成され、入力信号を順にスキャンしながら周波数成分を検出する仕組みです。RBWやVBWなどの設定は、これら内部回路と密接に関係しており、使いこなすには構造への理解が欠かせません。
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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次
第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。
第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。
第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。
第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。
第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。
第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。
第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。
第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。
第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。