VNAでSdd21を測定する場合sourceが1つと2つ場合の違いは?
VNA(Vector Network Analyzer)で差動SパラメータであるSdd21を測定する際に、ソース(信号源)が1つの場合と2つの場合では、測定方法、適用範囲、得られる情報に大きな違いがあります。
Sdd21とは?
まず、Sdd21の定義から理解しておきましょう。 Sdd21は、差動モードの信号がポート1からポート2へどれだけ伝送されるかを示すパラメータです。 より具体的には、ポート1の差動入力信号に対するポート2の差動出力信号の比率を表します。これは、差動信号の挿入損失(Differential Insertion Loss)を評価する際に用いられます。
ソースが1つの場合(Superposition法、重ね合わせの原理)
1つのソースを用いる方法は「重ね合わせの原理(Superposition)」に基づいています。 これは、従来の2ポートVNAや、4ポートVNAでポートを個別に励起して測定する際に使われるアプローチです。
測定方法:
- シングルエンドSパラメータの測定: 4ポートのDUT(Device Under Test)に対して、各ポートを個別に励起し、他のポートからの応答を測定することで、4ポートのシングルエンドSパラメータ(S11, S21, S31, S41, S12, S22, S32, S42, ... S44)をすべて測定します。
- 計算による変換: 測定されたシングルエンドSパラメータを数学的に変換して、差動Sパラメータ(Sdd, Sdc, Scd, Scc)を導出します。SDD21は、例えば次のような式で計算されます(正確な式は、ポートの割り当てによって異なりますが、複数のシングルエンドSパラメータの組み合わせで表現されます)。 Sdd21 = 0.5 * (S21 - S23 - S41 + S43) (これは一例であり、VNAの機種や設定により異なる場合があります)
特徴と適用範囲:
- 従来のVNAで可能: 2ポートVNAにスイッチングマトリクスを追加したり、4ポートVNAの基本的な機能で実現できます。
- 線形システムに限定: 重ね合わせの原理は、DUTが線形であるという前提に基づいています。非線形なデバイス(アンプの飽和領域など)では正確な測定ができません。
- 時間効率: 複数回のシングルエンド測定と計算が必要なため、測定に時間がかかる場合があります。
- 校正の複雑さ: シングルエンドの4ポート校正は必要ですが、デュアルソースのような位相・振幅の同期校正は不要です。
ソースが2つの場合(True Mode Stimulus、真の差動モード励起)
2つのソースを用いる方法は「真の差動モード励起(True Mode Stimulus)」と呼ばれ、特に高機能なVNA(通常は4ポート以上で、デュアルソース機能を搭載)で利用されます。
測定方法:
- 同期した差動信号の生成: VNAが2つの独立したソースを持ち、これらのソースが正確に180°位相がずれた信号(理想的な差動信号)を生成し、DUTの差動入力ポートに同時に印加します。
- 直接測定: VNAのレシーバーは、この差動入力に対するDUTの差動出力やコモンモード出力、あるいは各ポートの反射などを直接測定します。これにより、Sdd21などの差動Sパラメータを直接得ることができます。
特徴と適用範囲:
- 高機能VNAが必要: デュアルソース機能と、それらのソースの位相と振幅を正確に制御・同期する機能が必要です。
- 非線形デバイスに対応: 真の差動モードでDUTを励起するため、線形/非線形に関わらず、より実環境に近い条件下での測定が可能です。例えば、差動アンプの圧縮点特性などを正確に評価できます。
- 直接的な測定: 計算による変換ではなく、直接差動Sパラメータが測定されるため、計算誤差のリスクが少ないです。
- 校正の複雑さ: デュアルソースの位相と振幅の同期を含む、より高度な校正が必要になる場合があります。
- コモンモード特性の正確な評価: Scc (コモンモードリターンロス) やSdc (差動からコモンモードへの変換)、Scd (コモンモードから差動モードへの変換) など、より詳細な混合モードSパラメータを正確に測定するのに有利です。特に、コモンモードへの変換はノイズやEMI/EMCに影響するため、その評価は重要です。
まとめ
項目 | ソースが1つの場合(Superposition) | ソースが2つの場合(True Mode Stimulus) |
励起方法 | 各ポートを個別に励起し、後から計算で合成 | 180°位相差の差動信号を同時に印加 |
VNAの要件 | 従来の2ポートVNA + スイッチ、または4ポートVNA | デュアルソース機能を持つ4ポートVNA(高機能) |
適用デバイス | 線形デバイス | 線形・非線形デバイス両方 |
Sパラメータ取得 | シングルエンドSパラメータから計算で導出 | 差動Sパラメータを直接測定 |
コモンモード測定 | 間接的、非線形な影響を受けやすい | 直接的、より正確 |
校正 | 通常の4ポート校正 | デュアルソースの位相・振幅同期校正も必要 |
測定時間 | やや長くなる場合がある | デバイスの種類によるが、直接測定のため効率的 |
コスト | 低め | 高め |
高周波回路や高速デジタル回路では、差動信号のインテグリティが非常に重要であるため、デバイスの非線形性やコモンモード特性を正確に把握するためには、2つのソースを使用する「True Mode Stimulus」が推奨されることが多いです。しかし、デバイスが完全に線形であると仮定できる場合や、コストを抑えたい場合には、1つのソースによる「Superposition」法も有効な選択肢となります。