この記事ではSパラメータの基礎知識について解説しています。

Sパラメータの必要性

まずは高周波でなぜSパラメータが必要なのか。その理由について考えてみます。

測定における問題点

デジタルマルチメータやオシロスコープは入力インピーダンスが非常に高いため、低周波数では高い精度で電圧を測定できます。しかし測定対象の信号の周波数が高くなると、寄生容量などの寄生要素の影響で入力インピーダンスが低下し、これらの計測器での電圧測定が難しくなります。つまり電圧測定によって高周波回路の特性を評価することはできないということです。

 

電力による特性評価

そこで高周波回路は電力を測定することで特性を評価します。電力は基準となるインピーダンスが決まっていれば比較的容易に測定できます。ここでのポイントは計測器の入力インピーダンスが基準インピーダンスに整合していること、そして入力インピーダンスが高すぎないことです。

高周波回路の基準インピーダンスは50Ωとすることが一般的で、高周波向けの計測器であるネットワークアナライザの入力インピーダンスも50Ωで設計されています。これによって高周波回路とネットワークアナライザ間で信号が反射しなくなり、信号を正確に測定できるようになります。加えて入力インピーダンスを50Ωと低くすることで寄生容量の影響が小さくなり、より高い周波数の信号を正確に測定できるようになります。

入力電力と反射電力の分離

さらにパワースプリッタや方向性結合器を使用すれば、高周波信号の入力電力と反射電力を別々に測定できます。これによって測定対象(DUT:Device Under Test)となる高周波回路の入力特性と出力特性を個々に測定することが可能となります。そしてこの入出力特性の各要素をひとまとめにしたものがSパラメータです。

   

 

図1 ネットワークアナライザによるSパラメータ測定の原理

 

Sパラメータとは

Sパラメータをはじめとした各パラメータ(Zパラメータ、ABCDパラメータなど)は回路の入出力の関係性を行列で表したものです。これらのパラメータを用いることで、複雑な回路をブラックボックス化して数学的に処理できるため回路解析が非常に簡単になります。

 

Sの意味

SパラメータのSはScatteringの頭文字に由来します。Scatteringは散乱を意味します。高周波回路では信号が入射したときに反射、透過、結合などの作用によって、いろいろな端子から信号が出てきます。これがあたかも回路によって信号が散乱しているように捉えられることから、Sパラメータと名付けられています。

 

Sパラメータの構成要素

1入力、1出力の回路に対して、Sパラメータでは2端子対(2ポート)のブラックボックスとして回路を取り扱います。この2ポートの回路は入射波a1とa2、反射波b1とb2をもとに、4つのSパラメータ(S11、S21、S12、S22)で特性を表します。

   

図2 2ポートSパラメータ

各パラメータの定義・意味は以下のとおりです。

S11:出力端(ポート2)を基準インピーダンスZ0で終端したときの入射波a1に対する反射波b1の割合。ポート1の反射係数。   

   

 

S21:出力端(ポート2)を基準インピーダンスZ0で終端したときの入射波a1に対する反射波(透過波)b2の割合。ポート1からポート2への伝達係数。

   

 

S12:入力端(ポート1)を基準インピーダンスZ0で終端したときの入射波a2に対する反射波(透過波)b1の割合。ポート2からポート1への伝達係数。

   

 

S22:出力端(ポート1)を基準インピーダンスZ0で終端したときの入射波a2に対する反射波b2の割合。ポート2の反射係数。

   

 

ちなみにSパラメータの添字は入出力の関係性を示しています。直感的には入力ポート→出力ポートの順の方がわかりやすいですが、出力ポート→入力ポートの順で表記されているので注意してください。

2ポート以外のSパラメータ

nポートのSパラメータはn2個の要素で表されます。具体的には1ポート回路は1要素、4ポート回路は16要素となります。ポート数が増えても減っても表現方法は同じで、添字によってポート間の入出力関係が示されています。

   

図3 4ポートSパラメータ


ミックスドモードSパラメータ

4ポートSパラメータを応用したものにミックスドモードSパラメータ(Mixed Mode S-Parameter)があります。ミックスドモードSパラメータは差動信号を取り扱うときに使用されるもので、ポート情報に加えて信号の伝送モードが添字に追加されています。

   

図4 ミックスドモードSパラメータ

 

伝送モードは差動伝送における差動信号と同相信号のことを意味しており、差動信号をディファレンシャルモード(d:Differential Mode)、同相信号をコモンモード(c:Common Mode)として表しています。

 

Sパラメータの用途

Sパラメータは周波数ごとに入射波と反射波の特性を表すため、電子部品の特性評価や高周波回路のインピーダンスマッチングなどに利用されています。周波数帯についてはUHF帯、マイクロ波帯、ミリ波帯で利用される機会が多いですが、周波数帯に制限はないため低い周波数でも利用可能です。ここではSパラメータの用途を3つ紹介します。

アンプの特性評価

アンプは信号を増幅するデバイスで、高周波アンプは特性をSパラメータによって評価します。アンプのゲインはS21によって表され、S21が大きいほどゲインが高いことを意味します。またアンプの入出力ポートがインピーダンス整合していないと信号の反射S11やS22が大きくなり、それによって発振を引き起こすことがあります。そのためアンプの安定性評価においてもSパラメータは重要な役割を果たします。

フィルタ回路の特性評価

フィルタ回路は特定の周波数帯の信号をカットしたり、通過させたりするものです。代表的なフィルタ回路にローパスフィルタ、ハイパスフィルタ、バンドパスフィルタなどがありますが、S21やS12からフィルタ回路の通過帯域幅、減衰傾度、減衰量などを評価することができます。

インピーダンスマッチング

高周波回路では信号の反射の影響を低減するためにインピーダンスマッチングが重要で、反射係数を表すS11やS22をもとに整合度合いを評価します。反射係数が小さいほど整合度が高いことを意味するため、高周波では反射係数が小さくなるようにマッチング回路を設計します。
   


© 2024 T&Mコーポレーション株式会社