スペクトラムアナライザ入門(8) トラブル事例とその対策

 

■はじめに
スペクトラムアナライザは強力なツールである反面、測定環境や設定、使用方法によっては正確な測定結果が得られないこともあります。特に初心者がつまずきやすいのが「正しく信号が表示されない」「レベルが予想と合わない」「ノイズしか見えない」といった問題です。ここでは、スペアナ使用時によくあるトラブル事例とその原因・対処法を、実例を交えて解説します。

 

■信号が表示されない

・ 入力信号が来ていない
 → 信号源がOFF、ケーブル不良、コネクタ接触不良の可能性。まず発振器などの出力確認を。
・ 入力端子の選択ミス
 → 機種によってはRF入力以外に複数の入力端子あり。正しい端子に接続しているかを再確認。
・ スパンや中心周波数の設定ミス
 → 見たい周波数帯が画面外になっているケース。Center FreqとSpanを再設定。
・ レベルが非常に小さい
 → 測定対象の出力レベルが低すぎると、ノイズフロアに埋もれて見えない。AttenuationやRef Levelの調整が必要。

 

■波形のレベルが異常に高い/低い

・ アッテネータの設定確認
 → 入力アッテネーションが大きすぎると信号が小さく表示される。自動設定がうまくいかないこともある。
・ プリアンプのON/OFF
 → 微小信号観測時にプリアンプOFFだとノイズに埋もれる。必要に応じてONに。
・ ケーブルロスやアダプタの損失を補正していない
 → 長い同軸ケーブルや減衰器を挿入している場合、レベル補正(Input Loss)を設定する。
・ 誤った単位で表示されている
 → dBm/V/Wなど、表示単位の設定ミスで見かけの数値が異なることがある。

 

■ノイズしか見えない/ノイズフロアが高すぎる

・ RBW(分解能帯域幅)の設定が広すぎる
 → RBWが広いとノイズフロアが押し上げられてしまう。細かい信号を観測したい場合はRBWを狭くする。
・ プリアンプ未使用
 → 微弱信号の観測にはプリアンプが効果的。内蔵されているかを確認し、ONにする。
・ 外来ノイズの混入
 → 測定環境に強いRFノイズが存在する可能性あり。シールド環境やアース接続を確認。
・ スペアナ本体のノイズレベルの限界
 → 入力ノイズレベル仕様(DANL)に注意。安価なモデルでは−100 dBm以下は難しいこともある。

 

■周波数がずれて表示される

・ 信号源とスペアナの周波数基準が一致していない
 → OCXOなどの外部基準信号を使って同期を取ると改善される。
・ 信号源の周波数が不安定
 → 発振器やDUTのクロックが安定していない場合、スペアナでの測定もずれる。
・ センター周波数の設定ミス
 → 手動設定時に誤って指定した可能性あり。再度入力確認。
・ ディスプレイの分解能不足
 → RBWが広すぎると細かい周波数差が見えない。必要に応じてRBWを狭くする。

 

■ピーク検出や信号比較がうまくできない

・ マーカが正しく置かれていない
 → マーカがノイズに乗っていたり、ピークに正確に乗っていないことがある。Auto Peakなどを活用。
・ トレースが平均化モードになっている
 → 平均処理中はピーク値が正しく表示されない。Max HoldやClear Writeで比較してみる。
・ 測定タイミングと信号出現タイミングがずれている
 → パルス信号や間欠信号ではゼロスパン+トリガ機能で同期を取ると有効。

 

■スプリアスや干渉波の特定ができない

・ ノイズ源の出現が一時的である
 → Max Holdやスペクトログラム表示で出現傾向を捉える。
・ 外来ノイズとDUT由来の信号が混在している
 → DUTの電源をOFFにして比較し、差異を抽出する。
・ 周波数が近すぎて識別できない
 → スパンやRBWを狭くして分解能を上げると、分離できる場合がある。
・ 信号強度が小さすぎて検出できない
 → プリアンプ使用やケーブル短縮で信号レベルを底上げする。

 

■トラブル時の基本対策フロー

・ 信号源側の出力状態を確認(別の測定器で)
・ ケーブルや接続に問題がないか検証(別経路で試す)
・ スペアナの設定をリセット(Default状態から再設定)
・ 同じ信号を別の周波数帯で見てみる(2次高調波など)
・ 簡易シールド環境で外来ノイズの影響を排除してみる

一つ一つの要因を丁寧に潰していくことで、意外と単純な原因が見つかることも多いです。

 

■まとめ
スペクトラムアナライザによる測定では、設定や接続、環境などの要因が複雑に絡み合い、思わぬトラブルに発展することもあります。しかし、原因と対策を体系的に押さえておけば、落ち着いて対処できるようになります。

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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次

第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。

第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。

第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。

第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。

第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。

第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。

第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。

第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。

第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。