スペクトラムアナライザ入門(1)スペクトラムアナライザとは?

 

■はじめに
オシロスコープが「時間軸で波形を見る」計測器であるのに対して、スペクトラムアナライザ(以下スペアナ)は「周波数軸で信号を見る」ための測定器です。どちらも信号解析には欠かせない道具ですが、その役割と見え方は大きく異なります。
本記事では、スペアナの基本的な役割と仕組み、そしてオシロスコープとの違いを、初めて使う方にもわかりやすく解説します。

 

■スペクトラムアナライザの役割
スペクトラムアナライザは、入力された信号の中に含まれるさまざまな周波数成分を分解して表示する測定器です。信号強度を周波数ごとにグラフ化することで、次のような情報を得ることができます。

・ 信号の中心周波数や帯域幅
・ 目的の信号と不要信号(スプリアス、ハーモニクスなど)の分離
・ ノイズフロアや干渉源の確認
・ 複数の信号が混在しているときの周波数分布の把握

アナログ信号、デジタル信号、RF(高周波)信号を問わず、周波数的な情報が必要な場面では非常に有効です。

 

■なぜ周波数で見るのか?
電子回路に流れる信号の多くは、単なる直流や1種類の正弦波ではなく、さまざまな周波数成分を含んでいます。
たとえば、矩形波やパルス信号には多数の高調波成分が含まれていますし、スイッチングノイズや不要放射(EMI)は回路外部に影響を与えることもあります。

・ 時間軸(オシロスコープ)では波形の形は見えるが、周波数成分の詳細はわかりづらい
・ 周波数軸(スペアナ)では、波形に含まれる周波数ごとのエネルギー分布が一目でわかる

つまり、スペアナは「何Hzに、どれだけの信号があるか」を視覚化するためのツールです。

 

■代表的な活用シーン
スペアナは通信・無線・電源・電子回路など、非常に多くの分野で使われています。

・ 無線機器の搬送波や変調信号の確認
・ アンプの出力に含まれる高調波や歪みの評価
・ 電源回路のスイッチングノイズの観測
・ 電子機器からの不要放射(EMI)の測定
・ 隣接チャネル干渉の確認(無線LANやBluetoothなど)

これらの測定を正確に行うことで、回路設計の品質や製品の規格適合性が左右されることもあります。

 

■オシロスコープとの違い
オシロスコープとスペアナはどちらも信号を観測するための装置ですが、得意分野が異なります。

・ オシロスコープは時間軸で信号波形を表示する
・ スペアナは周波数軸で信号成分を表示する

以下に主な違いをまとめます。

・ 表示軸:
 オシロスコープ=時間 vs 電圧
 スペアナ=周波数 vs 電力(またはレベル)

・ 用途:
 オシロスコープ=波形の立ち上がり時間やパルス幅の確認
 スペアナ=信号がどの周波数帯に存在するか、ノイズや干渉の把握

・ 信号の見え方:
 同じ信号でも、矩形波ならオシロスコープでは四角く見えるが、スペアナでは多数の高調波ピークが表示される

どちらか一方だけでは測定が難しい場合もあり、実際の現場では両方を使い分けることが一般的です。

 

■スペアナの種類
スペクトラムアナライザにもいくつかの種類があります。代表的な分類は次のとおりです。

・ 掃引型スペアナ(スイープ方式):
 最も一般的な方式で、LO(ローカルオシレータ)を掃引しながら信号を観測する。高いダイナミックレンジと周波数分解能が特徴。

・ FFTアナライザ:
 入力信号を時系列に一括で取り込み、内部でFFT(高速フーリエ変換)処理して周波数成分を算出する。振動や音声解析などの低周波に強い。

・ リアルタイムスペアナ:
 継ぎ目なく連続的に信号を捕捉してスペクトル解析を実施するアナライザであり、偶発的な信号(バースト、干渉、瞬間的なスプリアスなど)も漏らさず観測できる。

どの方式も一長一短があり、測定対象や目的に応じて選ぶ必要があります。

 

■スペアナで見える世界
オシロスコープでは見逃していた信号成分が、スペアナを使うと一目で見つかることがあります。

・ 「何かノイズっぽいけど原因がわからない」
・ 「となりの信号に干渉しているかもしれない」
・ 「どの周波数にどれくらいパワーが出ているか知りたい」

こういった悩みは、スペアナで測定することで多くが可視化できます。オシロスコープとの違いを理解したうえで、スペアナを使いこなすことが測定スキルの幅を広げる第一歩になります。

 

■まとめ
スペクトラムアナライザは、信号の「周波数構成」を可視化するための強力なツールです。オシロスコープでは見えなかったノイズ、干渉、スプリアス、高調波などを検出できるため、電子設計やトラブル解析の現場で広く活用されています。

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スペクトラムアナライザ入門 全9回 目次

第1回 スペクトラムアナライザとは?
スペアナの基本原理、周波数軸で見るという考え方、オシロスコープとの違いなどをやさしく解説。

第2回 基本構成と動作原理
RF入力からディスプレイ表示まで、ミキサ・フィルタ・LO・検波など内部構成要素の基本を整理。

第3回 測定パラメータと操作項目
中心周波数、スパン、分解能帯域幅(RBW)、ビデオ帯域幅(VBW)など、主要な設定の意味と使い方。

第4回 代表的な測定と読み取り例
信号強度、周波数、ノイズフロア、隣接チャネル干渉など、基本的な測定手順と結果の見方を具体的に紹介。

第5回 トレース機能と演算活用
最大値保持、平均化、ピークホールド、マーカ、演算トレースなど、表示の工夫と測定効率化のポイント。

第6回 実際のアプリケーション例
通信機器の信号観測、不要輻射の確認、RFアンプの特性評価、パワー測定など、実際の活用事例を紹介。

第7回 高調波・スプリアス・EMI対策への活用
ノイズ源の特定、高調波成分の可視化、EMC予備測定などへの活用例と注意点を解説。

第8回 トラブル事例とその対策
周波数ずれ、レベル不一致、感度不足など、現場で起きやすいトラブルとその原因・対策を具体的に解説。

第9回 発展的な使い方と技術動向
リアルタイムスペアナやベクトル解析機能の概要、FFT方式との比較、最新のスペアナ事情を紹介。