雑音指数(NF)測定システムの構築において、測定器本体(VNAや専用機)と同じかそれ以上に重要なのが、基準となるノイズを発生させる「ノイズ・ソース(Noise Source / 雑音信号源)」です。
Keysightなどの大手計測器メーカーが自社純正品を出していましたが、実は高周波ノイズの発振源(ダイオード)技術は非常にニッチであり、専門のコンポーネントメーカーが世界中の測定・軍事インフラを支えています。
NF測定で外せない主要なノイズ・ソース・メーカーを、カテゴリー別にまとめました。
はじめに
◆ kTBとは
N = kTB
kTBは、通信工学や電子工学において熱雑音(ノイズ)の電力(エネルギー)を表す際に用いられる物理的な基本公式です。
それぞれの文字は以下の要素を示しています。 [1, 2, 3, 4, 5]
k(ボルツマン定数): 1.380649 x 10-23 [J/K]
T(絶対温度): 測定環境の温度(ケルビン:K)。※一般的に室温(約290 K〜298 K)が基準にされます。
1. なぜ kTB が使われるのか?
抵抗器などの導体に含まれる電子や正孔が、温度(絶対温度 T)に応じてランダムに熱運動することで発生するノイズ(熱雑音)を計算するための式です。
電子工学においてこの熱雑音は物理的限界となるため、システムが受信できる最小のノイズフロア(基準レベル)として用いられます。 [1, 2, 3, 4]
2. 計算方法と単位
kTB の単位は「ワット(W)」です。1 Hz あたりのノイズ電力スペクトル密度は kT となり、これに帯域幅 B を掛けることで総ノイズ電力が求まります。
デシベル(dB)単位に変換する際は、10log10(kTB) として計算されます。 [1, 2, 3, 4]
【算出の目安】
例として、室温(T = 290 K)において、ある帯域幅 (1 Hz) あたりの熱雑音電力をデシベル表示(dBm)すると以下のようになります。
![]() | 標準室温(T = 290 K)における、帯域幅 1 Hz あたりの熱雑音電力密度(kT)を dBm (1 mW を基準とするデシベル)に変換 |
Noise ≈ -174 [dBm/Hz]
この値(-174 dBm/Hz)は、無線通信や通信測定(スペクトラムアナライザなど)における標準的なノイズフロアとして広く知られています。
1. 独立系・ノイズ専門トップメーカー
計測器メーカーに依存せず、あらゆる高周波ノイズソリューションを提供する世界的な専門ブランドです。
◆ Noisecom(ノイズ・コム / アメリカ , a Maury Microwave company)
世界で最も有名なノイズ発生技術の専門メーカーです(Wireless Telecom Group傘下)。
特徴: 精密校正された同軸・導波管型のノイズ・ソースだけでなく、ダイオード単体、コンポーネント、そしてベンチトップ型の大型ノイズ・ジェネレーターまで「ノイズ」と名の付くものを網羅しています。
代表製品: * NC346 シリーズ: Keysightの定番ノイズソース「346シリーズ」と互換性を持つ、業界標準の同軸型ノイズソース。
NC5000 シリーズ: ミリ波・導波管対応モデル。最高110 GHz(Wバンド以上)までカバー。
強み: 過酷な環境(軍用・宇宙航空規格)でも極めて安定したENR(過剰雑音比)を維持できる信頼性。国内ではコーンズテクノロジーなどが代理店となっています。
2023年8月にMaury Microwaveによって買収され、現在は同社の一ディビジョン(製品ブランド)として継続しています。そのため、現在でも製品ロゴやウェブサイトには「Noisecom」の名が残っており、超定番のノイズソース「NC346シリーズ」などの型番もそのまま現役で販売されています。
◆ kTB(ケイティビー / アメリカ)
Noisecomと並び、RF/マイクロ波ノイズ専門として根強いシェアを持つメーカーです。
特徴: NF測定用ノイズソース製品だけでなく、ノイズダイオード単体の製造販売。最大0dBmの白色ガウスノイズを生成する、BER(ビット誤り率)やジッタ対策における信号劣化の評価用のに使用されるノイズソース製品など「ノイズ」に特化した専門メーカーです。(本社サンノゼ)
代表製品: k346 シリーズ など、主要計測器メーカーのNF測定器にそのまま使用可能な高平坦度なモデルを展開。
日本総代理店:T&Mコーポレーション
kTB社 URL:https://ktbsolutions.com/home
◆ NoiseWave(ノイズ・ウェーブ / アメリカ)
Noisecomと並び、RF/マイクロ波ノイズ専門として根強いシェアを持つメーカーです。
特徴: 比較的リーズナブルでありながら、カスタム対応力(特定の周波数帯だけENRを高くしたいなど)に優れています。
代表製品: NW346 シリーズ など、主要計測器メーカーのシステムにそのまま組み込める高平坦度なモデルを展開。
2. 大手計測器メーカー(システム統合型)
測定器本体と完全に連動し、スマート化(自動校正)を施した純正ノイズ・ソースです。
◆ Keysight Technologies(キーサイト)
代表製品: 346A/B/C シリーズ(伝統的な28Vパルス駆動)、N4000A / N4001A / N4002A(SNS: スマート・ノイズ・ソース)
キーサイトは、カリフォルニア州サンタローザにあるHFTC(High Frequency Technology Center)という、世界最高峰の自社ファブでInP(インジウムリン)DHBTやGaAs(ガリウムヒ素)pHEMTなどの特殊なICを製造してきましたが、近年InPプロセスのみを残し、他の「レガシー・プロセス」の製造は廃止されました。このため、ノイズソース用のダイオードの製造またはノイズソースその物の製造は外部委託となっています。
特徴: SNSシリーズは、内部にEEPROMと温度センサーを内蔵しています。VNAやNFA(専用機)にUSBや専用ケーブルで接続すると、シリアル番号、周囲温度、そして周波数ごとのENR値が自動的に測定器側にロードされるため、手動入力の手間とミスを完全に排除できます。
◆ Rohde & Schwarz(ローデ・シュワルツ)
代表製品: R&S FS-SNS シリーズ
特徴: 同社のシグナル・アナライザ(FSWなど)やVNA(ZNAなど)に最適化されたスマート・ノイズ・ソース。ミリ波帯までの平坦度と、スマート接続による自動エラー補正に対応しています。
3. ミリ波・サブテラヘルツ・コンポーネントメーカー
5G Advanced、6G(Dバンド等)、車載レーダー用の「超高周波・導波管タイプ」に圧倒的な強みを持つメーカーです。
◆ Eravant(エラヴァント / 旧 Sage Millimeter / アメリカ)
ミリ波・テラヘルツ帯のコンポーネントで現在世界をリードするメーカーです。
特徴: 50 GHz から最大 170 GHz(さらにはそれ以上)の、超高周波領域の導波管型ノイズ・ソース(STG シリーズなど)をインラインで提供しています。
KeysightやR&Sのミリ波拡張システムにおいて、フロントエンド(プローブ先端)の校正用としてEravant製のノイズソースが指定・推奨されるケースが非常に増えています。
◆ Maury Microwave(モーリー・マイクロウェーブ)
VNAの校正キットやデバイス・モデリング(ロードプル測定)で有名な超名門ですが、高性能なノイズ・ソースも製造しています。
VNAを用いたコールドソース法でのNF測定の際、インピーダンス補正のためのチューナーと組み合わせて使用されることが多いプロ仕様のブランドです。
ノイズ・ソース選定のポイント
ノイズ・ソース単体を購入、あるいは他社製(Noisecom等)で代用する場合、以下の「ENR(過剰雑音比)」の選定が最も重要になります。
ローENR(約 5〜6 dB):
用途: 低雑音アンプ(LNA)などの低NFデバイス測定用。
理由: 入力ノイズを抑えることで、DUTのゲインによる測定器側の飽和(ノンリニア)を防ぎ、測定の不確かさを下げられます。
ハイENR(約 15 dB):
用途: 一般的なアンプ、ミキサー、あるいは高NFなデバイス、測定系全体の損失(ケーブルやアッテネータ)が大きい場合。
理由: 信号がノイズフロアに埋もれるのを防ぎます。
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