この記事ではエンジャーさんよりSiglent製SVA1015Xをもとにトラッキングジェネレータの原理と活用方法について解説しています。
トラッキングジェネレータとは
高周波回路の設計やデバッグを行う際、スペクトラムアナライザは欠かせない計測器です。しかしスペクトラムアナライザ単体では回路そのものの特性(フィルターやアンプの増幅率など)を直接測定できません。そこで登場するのがトラッキングジェネレータです。
トラッキングジェネレータの特徴
トラッキングジェネレータ(TG)はスペクトラムアナライザの受信周波数と完全に同期して信号を出力する信号源のことです。TGを使用する最大のメリットは、回路の周波数特性を「点」ではなく「線」として可視化できることです。
例えば特定の周波数だけで信号の強さを測ることは「点」の測定ですが、TGを使えば低域から高域まで連続的に掃引(スイープ)して、回路がどのような特性を持っているかを一目で確認できます 。これによりフィルタが特定の帯域を正しくカットしているか、あるいはケーブルがどれくらい信号を減衰させているかを「線」として把握できるようになります。
トラッキングジェネレータの原理
スペアナとTGが同期して動く仕組みは、内部でローカル信号(LO:Local Oscillator)を共有している点に集約されます。

図 トラッキングジェネレータのブロック図
掃引制御
まず制御部でどの周波数範囲を測定するかを決めます。例えば100MHzから1GHzまでを100ミリ秒で測定する場合、制御部は時間の経過とともに電圧が上昇するランプ波を生成します。この電圧の変化が周波数を変化させる指令書となります。
電圧制御発振器(VCO)
指令を受けたVCOは高周波のローカル信号(LO信号)を出力します。スペアナはこのLO信号を使って、入力された高周波信号を処理しやすい中間周波数(IF)へと変換します。 例えば、測定したい周波数が1GHzで、内部のIFが500MHzに設定されている場合、LOは1.5GHzの信号を発振します。
TGミキサー
受信部で使用している1.5GHzのLO信号の一部を分岐させ、TG回路内のミキサー(混合器)へと入力します。TGミキサーには受信側と同じ500MHzの固定信号も入力されており、ここではこれら2つの信号の差の成分を取り出します。
この計算結果により、今まさにスペアナが受信しようとしている1.0GHzと全く同じ周波数の信号がTG側で生成されていることがわかります。
信号出力
LO信号は常に周波数を掃引し続けますが、TG側でも常にそのLO信号を元に引き算を行っているため、出力される周波数は受信周波数を正確に追いかけ(トラック)続けます。そしてTGミキサーで生成された信号は出力アンプを通って、一定の出力レベル(例えば-10dBmなど)でTGポートから送信されます。
信号発生器(SG)との違い
一般的な信号発生器(SG)を外部から接続しても、スペアナ内部のLOと完全同期させることは極めて困難です。 例えばフィルタの遮断特性を測る際、スペアナの受信機が100.1MHzを見ている瞬間に、外部SGが100.2MHzを出力してしまっていると、信号を正確に測定できず、画面上のグラフは正しい測定結果を描画できません。
SVA1015Xの特徴
SIGLENTのSVA1015Xは、スペアナ機能に加えて、ベクトルネットワークアナライザ(VNA)の機能を統合した多機能な計測器です 。TGモードによる測定では、信号の強さ(振幅)だけを見るスカラー測定です。これに対してVNAモードでは、振幅だけでなく位相(信号の遅れや進み)も同時に見るベクトル測定が可能になります 。

図 SVA1015Xによるベクトル解析例
高周波回路において位相の情報は非常に重要です。例えば、アンテナの整合状態を確認する際には、位相の情報を含むスミスチャートを用いることで、回路のどこを調整すべきかが明確になります 。またSVA1015XのVNAモードにはブリッジ回路が内蔵されているため、ポート1に接続するだけでそのままリターンロスやVSWRを測定できることも大きな利点です。
トラッキングジェネレータの測定事例
ここではSVA1015XのTGモードを使って、身近なデバイスの特性を評価してみます。
ノーマライズ(正規化)作業
トラッキングジェネレータの測定ではネットワークアナライザの校正(キャリブレーション)と同様に、はじめに基準を定める必要があり、これをノーマライズと呼びます。ノーマライズはキャリブレーションと比較してそこまで厳密ではなく、単純にスルー補正のみとする場合がほとんどです。
条件設定
まず測定したい周波数範囲(Start / Stop)や分解能帯域幅(RBW)を設定します。ノーマライズ後にこれらの設定を変更すると補正がズレるため、最初にしっかり固定するのがポイントです。
スルー接続
測定に使用する2本の同軸ケーブルを中継アダプタを介して直結します。これはキャリブレーションにおけるスルー接続と同じです。この状態でSVA1015Xのフロントパネルにある [TG] ボタンを押し、一番上のTGをONにすると信号が出力されます。

図 TG出力をONにした状態
TG出力レベル
TGの出力レベルはDUTの性質に応じて変更します。出力レベルが高いほど測定系のダイナミックレンジは大きくなりますが、アンプなどのアクティブデバイスを測定したときに飽和の原因となります。ここでは最も出力レベルが高い0dBmします。
ノーマライズ
つづいてStore Ref(A->Ref)を押下すると、現在の波形が正規化用のデータとして保存されます。この状態でNormalizeをONにすると、正規化データを基準としてノーマライズされた波形が表示されます。

図 Normalizeされた波形
Normal Ref Posで波形の位置を調整できるため、DUTの性質に応じて変更します。ここでは0dBが70%の位置となるように設定しています。

図 Normalizeの位置を調整した波形
同軸ケーブルの評価
同軸ケーブルは周波数が高くなるほど減衰量が大きくなります。ここではケーブル長が5mの同軸ケーブルを接続しています。

図 5mの同軸ケーブルの挿入損失特性
測定結果を見てみると、周波数数が高くなるにつれて減衰量が大きくなり、1GHzにおいては3dB以上信号が減衰していることが確認できます。このように高周波では単純に接続するだけでも損失が生じるため、このことからもノーマライズやキャリブレーションの重要性が理解できるはずです。
アッテネータの評価
アッテネータは周波数によらず一定の減衰量を持ちます。ここでは同軸型の20dBのアッテネータを接続しています。

図 同軸型20dBのアッテネータの挿入損失特性
測定結果を見てみると、すべての周波数範囲で概ね20dBの減衰量が得られていることがわかります。なお800MHz以上の周波数において波形が少し波打っていますが、これはTGのインピーダンス不整合によるものと思われます。ネットワークアナライザと違ってTGでは反射補正を行わないため、インピーダンス不整合は出やすくなります。
アンプの評価
アンプは特定の周波数範囲で信号を増幅する性質を持ちます。ここでは100kHz~6GHzで概ね20dBのゲインを有する広帯域アンプ(ZK05-BM)を接続しています。

図 広帯域アンプの増幅特性
すると1GHzにおいては20dBのゲインを確保できているものの、その他の周波数では定格よりもゲインが低下していることが確認できます。これはTGの出力レベルが高すぎてアンプが飽和していることが原因です。そのためTG出力を-20dBmにした状態でノーマライズを実施し、再度この広帯域アンプの特性を測定してみます。

図 TG出力レベル-20dBm時の広帯域アンプの増幅特性
すると波形は若干波打っているものの、すべての周波数でゲインが20dB以上となっていることが確認できます。このことからDUTの特性に応じて測定条件を適切に設定することの重要性が理解できます。
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