この記事では、エンジャーさんよりSIGLENT製のネットワークアナライザ(SNA6034A)を使ったフィルタ回路の評価方法について解説します。

 

フィルタの基礎知識

減衰特性とカットオフ周波数

フィルタの減衰特性は、通過域・遷移域・減衰域の3領域で構成されます。
通過域は信号がほぼ損失なく通過する周波数帯、減衰域は信号が大きく減衰する周波数帯です。
遷移域はその間の領域で、減衰量が急激に変化します。

 

通過域と遷移域の境界がカットオフ周波数です。
カットオフ周波数は挿入損失が通過域の値から-3dB低下した周波数として定義されます。
ただし、デバイスによって-1dBや-6dBで定義される場合もあるので注意が必要です。

図1 フィルタの減衰特性

 

フィルタの次数は遷移域の急峻さを決めます。
バタワース特性の場合、次数が1段上がるごとに減衰傾度が20dB/decade大きくなり、通過域と減衰域の境界がより明確になります。

 

LPFとBPFの基本動作

LPF(ローパスフィルタ)はカットオフ周波数以下の信号を通過させ、それより高い周波数を減衰させます。
BPF(バンドパスフィルタ)は特定の周波数帯域のみを通過させ、その上下両側を減衰させます。

図2 フィルタの種類

 

通過域の特性はフィルタのタイプによって異なります。
バタワース特性は通過域が平坦で、汎用的で使いやすい性質を持ちます。
チェビシェフ特性は通過域にリプル(振幅の波打ち)が生じる代わりに、遷移域がバタワースより急峻です。

表1 フィルタ回路の応答特性

 

 

実際のフィルタ評価においては、フィルタの種類(LPF/BPFなど)と応答特性(バタワース/チェビシェフなど)のどちらも重要な指標となります。

 

測定準備

使用機器と測定条件

今回使用するネットワークアナライザは SIGLENT製のSNA6034A、評価ボードは同じくSIGLENT製のSNA-TB01(デモ版)です。

図3  SNA-TB01のLPFを測定している様子

 

SNA-TB01のフィルタ回路は2ポート接続で行います。
VNAのポート1をフィルタの入力、ポート2を出力にSMAケーブルで接続します。
SMAコネクタ締結にあたっては、コネクタの破損を抑制するためにトルクレンチを必ず使用してください。

 

校正と設定

周波数範囲は100kHz~10GHz、掃引モードはリニアスイープを選択します。
またポイント数は10001ポイント(1MHzステップ)、IFBWは1kHzとしています。

 

測定前にフル2ポートSOLT校正を実施します。
キャリブレーションは測定の基準面を定め、測定系の系統誤差を取り除く作業です。
SOLT校正ではShort・Open・Load・Thruの4基準器を順に接続し、これらの誤差を算出・補正します。

 

図4 キャリブレーションタイプの選択

 

Advanced Cal(フル2ポート補正)を選択することで、順方向・逆方向の両方を補正できます。
校正完了後はケーブルを動かさないよう注意してください。ケーブルを移動することで、特に高周波において位相特性が変化し、校正結果に誤差を生じさせる原因となります。

 

測定には3つのトレースを設定します。

表2 トレース設定と各トレースの役割

 

S21はフィルタの挿入損失を示す最も基本的なパラメータです。
S11とS22はそれぞれ入力側・出力側のインピーダンス整合状態を示します。

 

LPFの実測結果

カットオフ周波数の評価

SNA-TB01のLPFにVNAを接続し、S21トレースを確認します。
ここではデルタマーカーの機能を使用してカットオフ周波数を確認してみます。

MarkerメニューのMarker SetupからDeltaをONにすると、リファレンスに相当するMarker Rと、デルタ表示用のDelta Marker1という2つのマーカーが設定されます。

 

ここではMarker Rを100kHz(測定範囲の最低周波数)に置き、通過域の基準レベルとします。
次にDelta Marker1をロータリダイヤルで高周波側に移動させ、読み値が-3dBとなる周波数を探します。
今回のLPFではおおよそ4.1GHzとなりました。

図5 LPFの測定結果

 

このようにデルタマーカー機能を使うことで、通過域の挿入損失がいくつであっても基準からの相対値で-3dBのカットオフ周波数を正確に特定できます。

 

反射特性の評価

S11トレースでは入力側の反射損失を確認します。
通過域ではS11が小さいほどインピーダンス整合が良好であることを意味します。
目安としてS11が-10dB以下であれば反射電力は入射電力の10%以下(VSWR約2以下)となり、実用上問題と判断できます。
ただしこの判断基準はシステムの要求仕様に依存するため、絶対的な基準ではありません。

 

カットオフ周波数以上の周波数帯ではS11が上昇します。
フィルタを構成するリアクタンス素子(L・C)のインピーダンス特性により、入力インピーダンスが50Ωから外れ、反射が増加するためです。

 

そして減衰域でのS11の挙動も重要です。
この理由は減衰域でS11が0dB付近の場合、フィルタは信号エネルギーを吸収しているのではなく、入力側に反射しているだけだからです。


一方でS11もS21も小さい場合は、フィルタ内部で熱として吸収されていることを意味します。
ノイズ対策としてフィルタを使用する場合、ノイズを反射するだけでは発生源側に戻るため根本的な解決にならないことがあり、この区別は非常に重要です。

 

評価と実機の違い

VNAは両ポートとも50Ω系で測定します。
そのためVNA上で得られるS11とS22は、入出力ともに50Ωで終端された条件での反射特性で、両者の結果は一致することがほとんどです。

 

しかし実際の回路では、フィルタの入力側と出力側で接続される回路のインピーダンスが異なる場合があります。
例えばフィルタの入力側に50Ω系の信号源に接続され、出力側にインピーダンスが100Ωの負荷が接続されるケースなどです。
このような非対称なインピーダンス条件では、VNAで測定したS11やS22の値がそのまま実回路での反射特性を表すとは限りません。

 

そのためVNA測定はあくまで50Ω基準の評価であることを理解した上で、実回路の設計においてはインピーダンス条件を考慮し、必要に応じてマッチング回路を追加したりします。

 

BPFの実測結果

Bandwidth Searchによる一括評価

SNA-TB01のBPFに接続を切り替え、S21トレースを確認します。
BPFの評価にはVNAのBandwidth Search機能を使用してみます。
Bandwidth Searchは中心周波数、帯域幅、Q値、挿入損失を自動で算出できる機能で、従来のVNAではマーカーを複数置いて手動で計算していたものがSNA6034Aならボタン一つで一括表示可能です。

図6 Bandwidth Searchの設定項目

 

SearchメニューからBandwidthを選択し、Band Searchをオンにします。
帯域幅の起点はBW Ref ToでPeakまたはMarkerから選択でき、ここではPeakを基準としています。
帯域幅を判定するレベルは-3dBに設定しています。

 

有効化するとS21トレース上に帯域幅の範囲と数値が表示されます。
Bandwidth Searchの解析結果から以下を読み取ります。

 

図7 BPFの測定結果

 

  • 中心周波数(Center): 6.75GHz
  • 帯域幅(BW): 2.43GHz(-3dBで判定した2点間の周波数差)
  • Q値(Q): 2.77(中心周波数÷帯域幅)
  • 挿入損失(Marker): -4.75dB(通過帯域内のS21最大値)
  • 挿入損失(Loss): -7.14dB(帯域全体の挿入損失)

 

通過帯域から減衰域にかけての遷移域では、S21が急峻に減衰しています。
この遷移域のロールオフ傾斜はフィルタの選択度を左右する重要な特性です。
低域側と高域側でロールオフの傾斜が異なる場合、フィルタの構成が非対称であることを意味します。
傾斜が緩やかな側では不要信号の除去能力が相対的に低くなるため、用途に応じてどちら側の減衰特性がより重要かを意識する必要があります。

 

BPFのS11についても確認します。
帯域内の中心周波数付近でS11が-10dBを超えており、反射が大きいことがわかります。
またS11のレベルがS21よりも高いことから、通過帯域内の信号がある程度ロスしていることが確認できます。

 

Q値とは

Q値(Quality Factor)はフィルタの周波数選択性を表す無次元の指標で、次式で定義されます。

 

 

f0は中心周波数、BW-3dbは-3dB帯域幅です。
Q値が高いほど通過帯域が狭く、特定の周波数を鋭く選択するフィルタであることを意味します。

 

SNA-TB01(デモ版)のBPFは中心周波数約7GHz、帯域幅約2GHzであるため、Q値は約3.5です。
Q値が一桁台のフィルタは広帯域に分類され、帯域幅や挿入損失が主要な評価指標となりるため、Q値そのものは設計上の主要パラメータではありません。

 

一方で受信機のチャネル選択フィルタや発振器の位相雑音低減に用いる狭帯域フィルタではQが数十~数百以上になり、Q値がフィルタ回路の最も重要な設計パラメータとなります。

 

ちなみにBandwidth Searchが表示するQ値の精度はVNAのポイント数に依存します。
ポイント数が少ないと-3dBの2点を正確に捕捉できず、Q値に誤差が生じます。
特にQ値が高い(帯域幅が狭い)フィルタでは周波数範囲を通過帯域付近に狭め、ポイント密度を上げておくことが重要です。

 

実測値の解釈と実務活用

乖離の原因と対処

回路設計においてフィルタを選定する際は、データシートの仕様値をもとに候補を絞り、実測で性能を検証します。
しかし実測値がデータシートと一致しないケースは実務で頻繁に発生します。乖離の原因は大きく2つに分類できます。

表2 実測値とデータシートの乖離原因と対処方法

 

結果の乖離が生じたときには、まず測定系を疑います。再校正やケーブル・コネクタの点検で解消しない場合は、実装・環境条件による影響を検討します。

 

設計マージンでの判断

実測値がデータシートの値と完全に一致する必要はありません。
データシートの仕様値はメーカーの測定条件における代表値であり、測定環境が異なれば特性も変化するのが当然です。
重要なのは、実測値が設計要求の許容範囲に収まっているかどうかです。

 

例えばシステムがカットオフ周波数に±5%のマージンを許容できるなら、4GHzのLPFは3.8GHz~4.2GHzの範囲で使用可能です。
実測値が設計要求に対してマージン不足であれば、フィルタの再選定や回路側の調整が必要になります。

 

このようにフィルタの実測評価は「数値を読む」だけでなく、「読んだ数値を設計要求と照合する」判断力が求められます。

 

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