この記事では、エンジャーさんよりインダクタに電流が流れたときの動的な特性について解説します。

インダクタの動的な特性

データシートに記載されたインダクタンスは、電流を流していない静的な測定値です。しかし実際に回路上でインダクタに電流が流れると、インダクタは磁気飽和の影響によりインダクタンスが変化してしまいます。これによって本来設計していた特性よりも、リップルやスイッチングノイズが増えてしまい、思わぬトラブルを引き起こす原因となります。

磁気飽和とは

磁気飽和とは、インダクタを構成するコアの磁性材料がそれ以上の磁束を取り込めなくなり、インダクタンスが低下する現象を指します。電流が大きくなるほどインダクタンスが下がるため、データシートの定格インダクタンスと回路で動作中の実効インダクタンスには乖離が生じます。
この乖離はコイル電流の波形に現れます。多くのスイッチング電源では、コイル電流は三角波状になりますが、磁気飽和が進むと三角波の上端で電流の傾きが増して波形が歪みます。このピーク付近での電流の増加が、リップルやスイッチングノイズの増加として現れます。

正常時と飽和時のコイル電流波形

図1 正常時と飽和時のコイル電流波形

なお、ここでの電流波形の歪みは磁気飽和によるものを指します。配線の寄生インダクタンス $L_p$ と $di/dt$ で生じるスイッチング時のスパイク電圧($V = L_p \cdot di/dt$)とは別の現象です。

磁気飽和とインダクタンス低下の仕組み

電流が増えるとインダクタンスが下がる理由は、コアの透磁率にあります。インダクタンスは、簡略化すると次の式で表されます。

数式


$N$ は巻数、$A$ はコアの断面積、$\ell$ は磁路長で、いずれも構造で決まる定数です。一方で透磁率 $\mu$ は材質に依存し、インダクタンスはこの透磁率に比例します。
ここでコアが取り込む磁束(磁束密度)は、インダクタに流れる電流が大きくなるほど増加します。そして、ある程度までは電流に対して磁束密度が線形に増加しますが、飽和領域に入ると磁束密度の増加が緩やかになり、結果として透磁率が低下することとなります。
つまり電流が増えるとインダクタンスが下がるのは、コアが磁気飽和して透磁率が落ちるからだということです。なお飽和してもインダクタンスはゼロにはならず、コアがない空芯のインダクタ相当の下限に近づくまで激減します。

透磁率低下の影響

この透磁率の低下は、コイル電流の立ち上がりを通じてスイッチング電源全体の動作に対しても影響を与えます。コイルにかかる電圧 $v$ と電流の変化率は以下の関係にあります。


数式


上式からわかることは、同じ電圧でもインダクタンスが小さくなると $di/dt$ が大きくなるということです。そして電流が増えるほど磁気飽和の影響が顕著になってインダクタンスがさらに下がるため、コイル電流の歪が大きくなります。インダクタンスの低下が $di/dt$ を増やし、リップルやスイッチングノイズの悪化につながります。

直流重畳特性の読み方

電流印加時にどれだけインダクタンスが下がるかは、データシートの直流重畳特性から読み取れます。
直流重畳特性は縦軸がインダクタンスL、横軸がインダクタに重畳する直流電流で構成されます。電流が大きくなるにつれてインダクタンスが下がる右下がりの曲線になっており、使用電流に照らし合わせて動的なインダクタンスが読み取れます。そのため回路の部品選定においては、データシートのインダクタンスの数字だけでなく、直流重畳特性で使用電流でのインダクタンスを確認しておくべきです。

直流重畳特性

図2 直流重畳特性

飽和定格の定義

インダクタンスがどこまで下がった点を飽和定格とするかは、メーカーや品種によって異なります。初期値から −10%・−20%・−30% といった低下点が使われることもあれば、品種によっては −40〜50% を基準にすることもあります。このようにインダクタンスの低下率の基準は業界で統一されていないため、飽和定格を比較するときには、どの基準が使用されているかを合わせて確認することが大切です。
ちなみにインダクタンスの低下度合い、すなわち直流重畳特性の傾きの急峻さはコアの材質によって違っており、フェライト系はより急峻に、金属系はなだらかに下がる傾向があります。

2つの定格電流

最後にデータシートの定格電流をどう読むかを整理します。ここでの定格電流は2つの意味があります。
一つは温度上昇定格です。電流が流れると巻線の抵抗により自己発熱し、部品の温度が上昇します。温度上昇定格は、この部品温度が規定値(たとえばΔ40℃)上昇する定常電流を指します。
もう一つは飽和定格です。飽和定格は、直流重畳特性でインダクタンスの低下度合いをもとに規定された値です。スイッチング電源では、瞬時的な磁束の上昇によって磁気飽和が生じるため、飽和定格はピーク電流と照らし合わせます。そのためデータシートを読む際は、定格電流が温度上昇定格か飽和定格か(あるいは両者の小さい方か)はメーカーや品種で異なるため、どちらの意味かを確認する必要があります。

設計上の注意点

ここで注意したいのは、飽和定格を満たしても(飽和を避けても)リップルが抑えられるとは限らないことです。リップルの大きさはインダクタンス・スイッチング周波数・電圧・デューティで決まる別の問題で、飽和を避けてもインダクタンスが小さければリップルは大きいままです。
また、ピーク電流をどこまで飽和定格に近づけてよいかは、回路の用途と要求するマージンで変わります。低下点を −20% で取るか −30% まで許すかは設計者が用途から判断するもので、ここまでという絶対の境界が決まっているとは限りません。回路や用途によって許容できるマージンが変わるぶん、実際に意識すべき飽和定格にも揺らぎが生じます。
とはいえ常用領域で飽和に入れてよいという話ではないため、ピーク電流に対して飽和定格に余裕を持たせるのが基本です。


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