この記事では、エンジャーさんよりコモンモードチョークコイルが差動モードに及ぼす影響を、モード分解とミックスドモードSパラメータの視点から解説します。
ミックスドモードSパラメータによるモード分解
コモンモードチョークコイル(CMC)は、コモンモードノイズを抑えるために使う部品です。ところがその作用をコモンと差動の2つのモードに分けて見ると、4つの要素に分解できます。
2本の線に流れる電流は、それぞれに逆向きに流れる差動モード成分と同じ向きに揃って流れるコモンモード成分の2つの和に分解できます(図1)。CMCはこのうちコモンモード電流に対して高いインピーダンスを示し、コモンモードノイズを抑制する働きを持ちます。

図1 2線電流のコモンモード成分と差動モード成分への分解
このモード分解を伝送特性S21に持ち込むと、差動入力・差動出力のSdd21、コモン入力・コモン出力のScc21、そしてモード変換を表すSdc21とScd21の4つの要素に分解されます(表1)。

表1 ミックスドモードSパラメータの4象限
CMC本来の作用は、コモンモード成分のScc21を減衰させることです。部品が左右対称ならモード変換Sdc21とScd21は0になります。また差動モード成分のSdd21は、巻線の結合が完全であれば全く作用を受けないため1(減衰なし)となります。
しかし実際には、CMCの巻線の結合は完全ではないため、差動モードSdd21に対しても挿入損失(ILdd)が生じます。
この差動モードに対する特性は、インピーダンスの側から見れば差動インピーダンスZdm、伝送の側から見ればSdd21として観測できます。したがって、ZdmとSdd21は同じ現象を別々の側面から見た特性と言えます。
コモンモードに対する特性であるZcmとScc21も同じ関係にあります。厳密な換算(基準インピーダンスの違い)ではありませんが、CMCを直列素子とみなす近似のもとでは、Zdmが大きいほどSdd21が低下する関係として示されます。
このように差動モードとコモンモードを4つの要素に分解して考えることで、CMCの作用をコモンモード本来の減衰と差動モードへの副次的な作用に分けて読み分けられるようになります。
差動インピーダンスが生じる理由
CMCが差動信号にも作用する理由は、巻線の漏れインダクタンスにあります。
CMCのコアを通る磁束は、コア内部に閉じる主磁束と、コア外部へと漏れる漏れ磁束に分かれます。コアの透磁率が高いため主磁束がほとんどを占め、漏れ磁束はごく一部です。
コモンモードと差動モードの主磁束の振る舞い
コモンモード電流が2本の巻線を同じ向きに流れると、それぞれの主磁束はコアの中で足し合わされ、これによってコモンモードを減衰させます。これがCMC本来の作用です。
一方で差動電流に対しては2本の巻線に逆向きの電流が流れるため、それぞれの主磁束もコアの中で逆向きになり相殺されます。そのため理想的には、差動信号はCMC内部で減衰することなくそのまま通り抜けます。
漏れインダクタンスの影響
ところが実際の巻線においてはこの結合は完全ではありません。2本の巻線が作る磁束のうち、ごく一部はコアに閉じ込めきれず、コアの外へ漏れます(図2)。

図2 コモン・差動での主磁束の違いと漏れインダクタンス
この漏れ磁束に対応するのが漏れインダクタンスです。差動電流に対しては主磁束が相殺されて消えても、漏れインダクタンスだけは打ち消されずに残ってしまいます。
残った漏れインダクタンスは差動電流にとってインダクタとして働くため、意図しない差動インピーダンスZdmを生じさせることとなります。これを伝送特性としてみれば、Zdmが大きいほどSdd21が低下する、つまり差動挿入損失(ILdd)が増えることを意味します。
そして漏れインダクタンスのリアクタンスは周波数に比例して増えるため、周波数が高いほど差動挿入損失は大きくなります。ただし部品の寄生成分が効く高い周波数域では、この単純な関係から外れることもあります。
この漏れインダクタンスは結合の不完全さそのものから生まれるため、巻線を左右完全に対称に巻いても0にはなりません。だからこそ漏れインダクタンスが与える影響を用途別に把握しておくことが実務では重要になります。
信号ラインでの差動挿入損失
高速の差動信号ラインにCMCを入れるとコモンモードノイズは抑制できますが、差動信号そのものは高い周波数でなまってしまうことがあります。
この波形のなまりは差動挿入損失|Sdd21|の低下として観測され、その原因は漏れインダクタンスにつながります。漏れのリアクタンスが増える高い周波数側から、|Sdd21|は下がり始めます。
この|Sdd21|が下がり始める帯域を差動カットオフと呼びます。差動カットオフが信号の占有帯域に食い込むと、信号の高い周波数成分が削られ、波形がなまります(図3)。

図3 差動信号の占有帯域と差動カットオフ(|Sdd21| が下がる帯域)の重なり
信号用CMCの選び方
信号用途ではデータシートでSdd21(差動挿入損失)の特性を見て、差動カットオフが信号の占有帯域より十分高いCMCを選びます。市販の信号用CMCは型式と併記する形で用途も示されていることがほとんどです。それでも伝送線路の形状や帯域の余裕次第では、自分の回路でも波形のなまりは起こりえます。信号伝送における重要な要素を自分で把握しておくことで、いざ問題が生じたときにも原因を追求できるようになります。
なおCMCでは差動信号がコモンモードへ、あるいはコモンモードが差動信号へと移り変わる、いわゆるモード変換(Scd/Sdc)も生じます。これは差動挿入損失とは別で、線間の不平衡から生まれます。
- 伝送線路パターン形状の左右差
- コネクタの非対称
- 部品ばらつき
- 巻線の非対称
不平衡によるモード変換は、結果として放射ノイズの増加、差動伝送の歪みなどの問題を生じさせることがあります。
そのため信号ライン用CMCの選定においてはノイズ減衰量を示すScc21、信号の伝送特性に寄与するSdd21以外に、不平衡によるモード変換にも注意を払うことが大切になります。
電源ラインでのノーマルモード減衰
電源ラインにCMCを入れるとコモンモードノイズだけでなく、ライン間のノーマルモードノイズまで減衰することがあります。信号ラインでは避けたい副作用だった漏れインダクタンスが、電源ラインでは逆にフィルタとして機能するためです。
ライン間を逆向きに流れるノーマルモード電流は、ここまで見てきた差動モード電流と同じ成分です。電源ラインでは漏れインダクタンスが、このノーマルモード電流にとって直列のインダクタとして働きます。
このインダクタはCMC前後にあるXコンデンサや既存の容量と組み合わさることで、π型やL型のLCフィルタを構成し、ノーマルモードノイズに対しても副次的な減衰効果をもたらします(図4)。

図4 漏れインダクタンスとライン間Xコンデンサによるノーマルモードフィルタの等価回路
ただしこれは、狙ってインダクタンスの値を設計して得るものではありません。漏れインダクタンスはデータシートで規定されていることが少なく、いつも同じように効くとは限らない副次的な恩恵となります。
なお電源ラインでは、大きなコモンモード電流によるコアの磁気飽和という別の観点も加わることを知っておくべきです。
この副次的な性格は、CMCを別品に付け替えたときに顕著に表れます。コモンモード特性が同等な品を選んでも、巻き方が違えば漏れインダクタンスは変わり、ノーマルモード側のフィルタ特性も一緒に変わります。そのため電源ラインでは、コモンモード特性が同等な品でも、ノーマルモードの特性を同一視しない姿勢が重要になります。
デモ機レンタルサービス
https://tm-co.co.jp/contact/
© 2026 T&Mコーポレーション株式会社
この記事の続きを読むには無料会員登録またはログインが必要です。



















T&M
即納ストア





















































































































































































































