この記事ではエンジャーさんより原理面から見たスペクトラムアナライザの種類とそれぞれの特徴について解説しています。
スーパーヘテロダイン方式(掃引式)
スペクトラムアナライザで古くから採用されているスーパーヘテロダイン方式(掃引式)は、特定の周波数範囲を一定の速度で走査することでスペクトラムを表示します。掃引式で最も重要なプロセスは、入力された高周波(RF)信号を中間周波数(IF:Intermediate Frequency)へ変換することにあります。

図 掃引式のブロック図
中間周波数の必要性
なぜ高周波信号を直接解析せずわざわざIF信号へ変換するのかというと、高周波信号を集中定数回路として処理可能な領域へ落とし込むためです。これによって急峻な遮断特性を持つ高性能なフィルタを安価かつ精密に構成できます 。
ミキサーの役割
この周波数変換を担うのがミキサーです。ミキサーは非線形素子に入力信号(fIN)と内部のローカル発振器からの信号(fL)を掛け合わせます。数学的には三角関数の積の公式を応用しており、出力には両者の差と和の周波数成分が現れます。掃引式のスペクトラムアナライザではこのうち差の成分を後段に出力します。

掃引式の信号の流れ
ここでは高周波信号が入力端子からディスプレイに表示されるまでのプロセスを、各コンポーネントの役割に沿って説明します。
アッテネータ
信号がまず通過するのはアッテネータです。アッテネータは後段のミキサーに過大な電力が入ることを防ぎます。ミキサーは非線形素子であるため、入力信号が一定のレベルを超えると波形に歪みが生じます。この歪みが発生すると入力信号に本来存在しない虚偽のスペクトラムが生成され、正確な計測を妨げることとなるため、アッテネータで入力信号のレベルを適切な範囲に減衰させる必要があります。
ミキサー
アッテネータを通過した信号はミキサーにてIF信号に変換されます。実際の計測器では単一の変換処理で目的のIF信号を得るのではなく、数回にわたり段階的に周波数を変換するマルチステージ構成が採用されています。
例えば、最初のステップ(第1ミキサー)では入力されたRF信号を、あえて入力周波数よりも高い第1中間周波数(1st IF)へと変換します。これはイメージレスポンスと呼ばれる虚偽の信号混入を物理的に排除するための処置です。1st IFを数GHzという高い周波数に設定することで、目的の信号から周波数軸上で大きく離れた位置に現れるイメージ成分を確実に除去します。
その後、第2、第3のミキサーを経由して、最終的に数MHzから数十MHz程度の扱いやすい周波数まで段階的に変換します。このように周波数を細かく刻んで変換することで、後段のIFフィルタにおいて急峻な遮断特性と安定したゲインの確保を可能とします。
IFフィルタ
次にIFフィルタ(バンドパスフィルタ)が特定の周波数成分のみを抽出します。このフィルタの帯域幅がRBW(分解能帯域幅)です。RBWは近接する2つの信号をどれだけ細かく分離できるかを決定します。例えば10MHzの信号のすぐ隣に10.01MHzの信号がある場合、RBWを10kHz以下に設定しなければ、2つの信号は1つの山として表示されてしまいます。

図 RBW10kHzのスペクトラム

図 RBW1kHzのスペクトラム
またRBWは測定感度にも直結します。RBWを1/10にすることでノイズフロアを10dB低下させることが可能です。

図 RBW100Hzのスペクトラム
ただし、RBWを狭くするほどフィルタの応答速度が低下するため、掃引時間(ST:Sweep Time)はRBWによって増大するという定量的なトレードオフが存在します。

ログアンプ
IFフィルタを通過した直後の信号は、非常に大きな振幅の差を持っています。これをそのままディスプレイに表示することは困難なため、ログアンプによるダイナミックレンジの圧縮が重要になります。
ログアンプは入力信号の振幅に対して出力が対数に比例するため、搬送波から数ナノワットの微弱な高調波までを、デシベル(dB)という等間隔のスケール上に並べることを可能とします。例えば増幅器の歪み特性を評価する場合、基本波に対してその1/1,000,000の電力しかない-60dBcの高調波を正確に読み取らなければなりませんが、ログアンプによって主信号のピークと微弱なスプリアスを同一画面上で比較・解析できるようになります。
検波器
ログアンプで対数圧縮された信号は依然として中間周波数(IF)の交流成分を保持しています。検波器はこの交流信号の包絡線(エンベロープ)を抽出して直流電圧へと変換します。検波器の検波モードは信号の性質によって切り替えます。例えばパルス状のノイズの最大値を正確に捉えるにはポジティブ・ピーク、複雑な変調信号の平均電力を算出するにはRMS(実効値)を使用します。
ビデオフィルタ
そして検波信号の時間的な変動を制御するのがビデオフィルタ(VBW)です。VBWは検波器の後段に位置するローパスフィルタで、VBWを狭く設定するほどノイズのピーク・ツー・ピークが縮小されます。これによってノランダムな変動を平均化し、ノイズフロアに隠れる微弱な信号を見つけ出すことができます。
なおVBWフィルタの設定値に反比例して掃引時間が長くなります。このときの掃引速度がVBWフィルタの応答速度を超えてしまうと、スペクトラムの振幅が実際よりも低く表示されたり、周波数にズレが生じたりすることがあります。そのためVBWはRBWと同じか、それより大きな値(例えば RBW:VBW = 1:1 〜 1:3)に設定します。ただし微弱な定常信号を詳しく見たい場合にはVBWをRBWよりも小さくする(例えば RBW:VBW =10:1 以下)こともありますが、掃引時間は大幅に長くなることには注意が必要です。

図 RBW:VBW = 1:1

図 RBW:VBW = 1:10

図 RBW:VBW = 1:100
リアルタイム方式
近年、急速に普及しているのがリアルタイム方式のスペクトラムアナライザです。この方式は掃引式のように周波数を順次走査するのではなく、広帯域ADCで特定の帯域を一度にデジタル化し、デジタル信号処理(DSP)によって一秒間に数万回ものFFT(高速フーリエ変換)を実行することで、時間とともに変化する信号を取りこぼすことなく測定します。この信号の捕捉率を高めるうえで重要となるのがFFTのオーバーラップ処理です。

図 リアルタイム方式のブロック図
オーバーラップの必要性
一般的なデジタル信号処理ではサンプリングした連続データを一定時間(フレーム)ごとに切り出しますが、その際にFFTによるスペクトルリーケージを抑制するために窓関数を掛け合わせます。
スペクトルリーケージとは
スペクトルリーケージとは、信号のエネルギーが本来の周波数以外の帯域へ漏れ出す現象を指します。FFTではフレームとして切り出した波形が無限に繰り返されると仮定して演算を行います。このときフレームの始点と終点が不連続になると、その急峻な段差が本来存在しない広帯域な周波数成分として処理されてしまい、信号の裾野が広がったり、微弱な信号がノイズに埋もれてしまったりします。

図 スペクトルリーケージのイメージ
このスペクトルリーケージを抑制するために、フレームの両端を緩やかに減衰させる窓関数を用います。

図 窓関数によるスペクトルリーケージの抑制
窓関数とは
窓関数とはフレームの両端を滑らかに減衰させ、強制的に0で繋げる数値フィルタです。窓関数を適用してこの不連続性を解消することで、正確な周波数解析を可能にします。リアルタイム方式で使用頻度の高い窓関数としてはハニング、ブラックマンハリス、フラットトップなどがあります。

図 代表的な窓関数の形状の違い
ハニング(Hanning)
ハニングは最も汎用的な窓関数です。急激な変化のない連続的な信号の解析に適しており、プリント基板上の定常的なノイズ抑制効果を評価する際の標準的な選択肢となります。
ブラックマンハリス(Blackman-Harris)
ブラックマンハリスはダイナミックレンジの広い測定に向いています。強力な信号の近傍にある微弱な信号を分離して捉える際に有効で、高次高調波や微細なスプリアスの検出に最適です。
フラットトップ(Flat-top)
フラットトップは振幅の測定精度を極限まで高めた関数です。窓の頂部が平坦なため、信号のピークレベルを正確に読み取る必要がある定量的な測定に向いています。
オーバーラップ処理とは
窓関数はフレームの両端の振幅を強制的に減衰させる特性を持つため、単純にフレームを隣り合わせに並べるだけではフレーム境界の信号を取りこぼす可能性があります。

図 オーバーラップなしによる信号の取りこぼし
この物理的な欠落を排除する仕組みがオーバーラップ処理です。例えばオーバーラップ処理としてフレームを80%以上重ね合わせて演算を行うことで、時系列上のどの地点で発生した過渡的な信号も、一つのフレームの中心付近(感度が高い領域)で捉えられるようになります。

図 オーバーラップによる信号の捕捉
この情報の連続性を担保するプロセスこそが、リアルタイム方式の真髄とも言える技術要素です。
リアルタイム方式の信号の流れ
ここではリアルタイム方式の信号処理のプロセスを、各回路・コンポーネントの役割に沿って説明します。

図 リアルタイム方式の流れ
アナログフロントエンド(ADC前段)
ADC(ADコンバータ)でサンプリングされる前に、アナログフロントエンド(アッテネータ、フィルタ、ミキサーで構成)でADCが処理可能な信号形式へと整えられます。リアルタイム方式であっても、GHz帯域の高周波信号を直接ADCに入力することは困難です。そのためADCで扱いやすい中間周波数帯域(例えば数十MHzなど)へダウンコンバートします。ここで極めて重要なのがADCの前段に配置されるアンチエイリアシングフィルタです。これは折り返し雑音(エイリアス)として虚偽のスペクトラムが表示されるのを遮断する役割を担います。このアンチエイリアシングフィルタはローパス特性で、急峻な遮断特性を持ちます。
高速ADC
フィルタリングされたアナログIF信号は、高速ADCによってデジタルの数値データへと変換されます。このADCの性能がリアルタイム方式の基本スペックを決定づけます。サンプリングレートは 1秒間に信号をサンプリングする回数で、100MHzのリアルタイム帯域幅を確保するには、最低でも200Msps以上の変換速度が必要となります。また振幅精度は分解能に依存します。ビット数が多いほどダイナミックレンジが向上し、多くは14ビットや16ビットのADCが採用されています。
メモリ
ADCから出力される膨大なデジタルデータ・ストリームは、後段のDSPが処理に入る前に一時的に高速なバッファに蓄えられます。リアルタイム性の維持、すなわち信号の取りこぼしを防ぐためには、ADCからのデータ転送速度に対応できる十分な帯域幅と容量を持ったメモリが不可欠です。
DSP
メモリにバッファリングされたデータは、ASICやFPGAなどの強力なプロセッサで構成されるDSPブロックへ送られます。

図 DSPによる並列演算処理
このブロックではデジタル・ダウン・コンバータ(DDC)によるIQ変調やデシメーション、オーバーラップ処理のためのフレーミングと窓関数の適用、FFT、スペクトル密度の計算などを実行する統計処理が同時並列に実行されます。ここで最も重要なのは、データの取り込み速度を上回る演算速度を維持することです。リアルタイム方式ではADCからの膨大なデータを途切れなく処理するため、DSP内部で各処理をパイプライン(同時並列)で実行します。もし処理が遅れるとメモリが溢れ、過渡的な信号を見逃す原因となります。この高速演算により、一瞬のノイズも逃さない捕捉確率100%という信頼性が担保されます。
ディスプレイ
DSPで算出されたスペクトラムデータと統計情報は、最終的にディスプレイへと描画されます。単なる瞬時的なスペクトラム表示だけでなく、信号の発生頻度を色調で表すデンシティ(密度)表示や時間経過に伴う周波数変化を記録するスペクトログラム表示など、DSPによる高度な統計処理結果が可視化されます。

図 リアルタイム方式によるデンシティ(密度)表示
これにより膨大なデータの中に埋もれている稀な過渡現象や、複雑な信号の挙動を直感的に捉えることが可能になります。
各方式の課題と選択
ここではSiglent製のスペクトラムアナライザ(掃引式SVA1000Xシリーズ、リアルタイム方式SSA5000Aシリーズ)をもとに、各方式の技術的課題と信号の性質に応じた選択基準について解説します。
掃引式
SVA1000Xシリーズに代表される掃引式は本質的に時間分解能の課題を抱えています。例えばスパン100MHzを掃引するのに数十ミリ秒を要する場合、特定の周波数を計測している間に他の周波数で発生した信号を取りこぼしてしまいます。これは間欠的に発生するノイズを評価する際に致命的なリスクとなる可能性があります。一方で掃引式は-161dBm/Hzといった極めて低い表示平均ノイズレベル(DANL)を達成しており、微弱な定常信号の検出能力において圧倒的な優位性を持っています。
リアルタイム方式
リアルタイム方式のSSA5000Aシリーズは最大40MHzのリアルタイム帯域幅を一気にサンプリングします。しかし広帯域を同時にデジタル化することは、帯域全体の熱雑音パワーをADCに流し込むことを意味し、物理的なトレードオフとしてノイズフロアが押し上げられます。また設定の自由度にも制約があります。リアルタイム方式におけるRBWは、ADCのサンプリングレートとFFTポイント数というハードウェア制約によって自動決定されるため、掃引式のようにユーザーが任意にパラメータを独立させて追い込むことはできません。
選択基準

図 掃引式とリアルタイム方式の比較
エンジニアは計測対象の性質によって掃引式とリアルタイム方式を適切に使い分ける必要があります。定常的な搬送波の観測や高精度な振幅計測、数GHzに及ぶ広帯域のスプリアス確認にはSVA1000Xのような掃引式が最適です。一方で周波数ホッピングを行う最新の無線通信、不定期なバースト信号、あるいはEMIの原因特定など一瞬の過渡現象を捉える必要がある場面では信号を100%捕捉できるSSA5000Aのようなリアルタイム方式が不可欠です。つまり評価対象が定常的か過渡的かを見極めて、最適な方式を選択することが正確な評価を行うための第一歩となります。
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