この記事ではエンジャーさんよりSIGLENT SSA5083Aをもとにして、スペクトラムアナライザの検波器6方式(Positive Peak / Negative Peak / Sample / Average / Normal / Quasi Peak)の動作原理と使い分けについて解説します。
検波器とは
スペアナの検波器をデフォルトのPositive Peakのまま使っているケースは多いですが、実は同じ信号でも検波器を切り替えるだけで表示レベルが数dB変わることがあります。この差は試験の合否を分けることもあり、検波器の選択は測定結果の意味そのものを変える重要な設定項目です。
検波器の役割
検波器は、1つのトレースポイントに割り当てられた複数のサンプルから1つの表示値を決定するアルゴリズムです。

図1 検波器前後の処理フロー
スペアナの内部では受信信号がIFフィルタを通過し、エンベロープ検出器で振幅の包絡線(エンベロープ)に変換されます。このエンベロープがADコンバータでデジタルサンプリングされ、検波器に渡されます。

図2 前処理のイメージ図
水道管に例えると、IFフィルタが特定の成分だけを通すフィルタ、エンベロープ検出とADコンバータが水量メータに相当します。そして検波器が処理するのはこのメータの読み値(エンベロープのサンプル列)に対してです。
スペアナに表示されるスペクトラムは離散的なトレースポイントで構成されています。例えばSpan 100MHz、トレースポイント1001点の場合、1つのポイントが担当する周波数幅(周波数ビン)は100MHz ÷ 1001 ≒ 100kHzです。スイープ時間が100msの場合、1ビンあたりの所要時間は約100µsです。
この間にADコンバータが数十〜数百回サンプリングを行います。それによって1つのトレースポイントに対して、エンベロープサンプル(トレースポイント候補)が多数存在することとなります。検波器の仕事はこの多数のサンプルから1つの代表値を選ぶことです。

図3 検波器の処理フロー概念図
Spanが広く、トレースポイント数が少ない場合は、1ビンあたりの周波数幅が広がるためビン内のサンプル数が多くなります。この状態はサンプル間のばらつきが大きいため、検波器の選択によって測定結果に大きく変化することがあります。逆に同じトレースポイント数でもSpanが狭ければ、ビン内のサンプル数が少なくなることでばらつき幅も小さくなるため、どの検波器でも同じような値になります。

図4 サンプルポイントの時系列変化と検波器の関係
Positive Peak検波
Positive Peak検波はビン内の多数のエンベロープサンプルから最大値を選択する方式です。多くのスペアナではデフォルトの検波器として設定されています。
最大値を取るということは信号のピークを見逃さないことを意味します。CW信号がビン内のどのタイミングに存在していても確実に捕捉できるため、ワーストケース評価に適しています。これがデフォルトに設定されている理由です。
一方で弱点もあります。ノイズも最大値で拾うため、ノイズフロアが実際の平均電力より高く表示してしまいます。この押し上げ効果は信号の有無を見極める際に、ノイズと信号の区別を難しくすることがあります。

図5 Positive Peak検波(リファレンス)
未知のDUTを初めてスキャンするとき、EMI予備測定のように信号の有無が不明な探索フェーズではPositive Peakを使用すべきです。これによってノイズレベルが高く見える副作用はあっても、一瞬のピークも見逃さないことで正しい測定が実現できます。
Negative Peak検波
Negative Peak検波はビン内の多数のエンベロープサンプルから最小値を選択する方式です。Positive Peakの対極に位置します。
用途はノイズの中に埋もれた信号の存在確認や、Positive Peakと重ねて信号の変動幅を把握する場合に限定されます。最小値を取るためCW信号のピークすら見落とす可能性があります。

図6 Positive Peak と Negative Peakの波形比較(黄色:Positive Peak、ピンク色:Negative Peak)
同じ条件でPositive PeakとNegative Peakの波形を表示してみると、Positive Peakでは高く見えていたノイズフロアがNegative Peakでは大幅に下がっているのがわかります。
ただし実務でNegative Peakを単独で使うことはまずありません。Trace AにPositive Peak、Trace BにNegative Peakを割り当て、2本のトレースの間にできるエンベロープで信号の揺らぎ幅を確認するのが鉄則です。
Sample検波
Sample検波はビン内の多数のエンベロープサンプルのうち、時間区間の中央時刻における1点の瞬時レベルを選択する方式です。最大値にも最小値にも偏らない固定の1点を取るため、ノイズに対する統計的バイアスがありません。
Peak検波との決定的な違いはノイズの扱いです。Positive Peak検波はノイズ分布の上側の裾(最大値)を拾うため、ノイズの平均電力を過大評価します。Sample検波はノイズのランダムな振幅をそのまま反映するため、多数回のスイープを重ねれば真の平均値に収束します。
弱点はCW信号の検出に対する信頼性です。CW信号がビン内のサンプルタイミングと一致しなければ見逃してしまいます。トレースポイントが少ないときにこの問題は特に顕著になります。

図7 Positive Peak と Sampleの波形比較(黄色:Positive Peak、水色:Sample)

図8 ピーク検波とSample検波のノイズフロア比較 アベレージ処理あり
(黄色:Positive Peak、ピンク色:Negative Peak、水色:Sample)
ノイズ電力を正確に測りたい場合はSample検波よりも次に紹介するAverage検波の方が適切です。Sample検波はバイアスがない代わりに1点しか取らないため測定ごとの揺らぎが大きく、安定した値を得るには多数回の平均化処理が必要になります。
Average検波
Average検波はビン内の多数のエンベロープサンプルを平均して1つの値を出力する方式です。Sample検波が1点だけを取るのに対してAverage検波はビン内の全サンプルを使うため、1回のスイープで安定した値が得られます。ノイズのような統計的に揺らぐ信号の評価に適しています。
ただしAverage検波にも注意点があります。それは平均を取る前にサンプルをどのスケールに変換するかによって、結果の意味が変わってしまうことです。SSA5083Aでは3つのAveraging Type(Log Power / Power Average / Voltage Average)を選択できます。
Averaging Typeの違い
3つのAveraging Typeの違いは平均を取る前にどの変換を通すかです。処理の流れは次の通りです。

図9 Averaging Typeの処理フロー
Log Powerはエンベロープを対数スケールに変換してから平均化します。スペアナの表示スケールがdBであるため最も直感的な方式で、ノイズ付近のCW信号の検出に適しています。
Power Averageはエンベロープの二乗(= 電力に比例する量)で、平均化してから対数変換します。複雑な信号のリアルタイム電力測定に適した方式です。
Voltage Averageはエンベロープ電圧をそのまま平均化します。AM変調やパルス変調信号(レーダやTDMA送信機など)の立ち上がり・立ち下がり挙動の観察に使われます。

図10 Average検波(Log Power)のノイズフロア アベレージ処理あり

図11 Average検波(Power Average)のノイズフロア アベレージ処理あり

図12 Average検波(Voltage Average)のノイズフロア アベレージ処理あり
Log PowerとPower Averageの間には、ノイズの表示レベルに無視できない差が生じます。Log Powerは大きなサンプルの寄与が圧縮され、小さなサンプルの寄与が相対的に強調されます。この非対称性により対数に変換してから平均した値は、平均してから対数に変換した値よりも必ず小さくなります。つまりLog Powerはノイズの電力を過小表示します。ノイズの正確な電力値が必要な場合はPower Averageを選択してください。
3つのAveraging Typeは平均を取る前の処理が違うだけです。非線形変換(対数や二乗)を通すと平均の数学的意味が変わるという原理を掴んでおけば、どのメーカのスペアナでもAveraging Typeの選択に迷わなくなるはずです。
SSA5083AのAverage検波設定

図13 Averaging Typeの信号処理チェーン
この図はSSA5083AのAvg Typeが信号処理チェーンのどこに作用するかを示しています。Avg TypeはRBWフィルタの後段かつDetect(検波処理)の前段に位置し、エンベロープをPower(V^2)、Voltage、LogPowerのいずれのスケールに変換します。
設定手順
SSA5083AではAverage検波の設定が二段階になっています。まずTrace > Detector > Average(Video/RMS/V)で検波器をAverage検波に切り替えます。次にMeas Setup > Avg Typeで平均の取り方を選択します。Avg Typeはデフォルトでは自動設定(Auto)になっているため、一度タップしてManualに切り替えた上でLog-Pwr(Video)、Power(RMS)、Voltageから選択します。
Normal検波
Normal検波はビン内の多数のエンベロープサンプルから最大値と最小値を交互に表示する方式です。1本のトレースで信号とノイズの両方を表現する汎用検波として設計されています。
SSA5083Aでは奇数番目のトレースポイントでは最大値(Positive Peak)を表示し、偶数番目のトレースポイントでは最小値(Negative Peak)を表示します。これにより1回のスイープで信号の振幅変動範囲がトレース上に表示できます。
Noral検波の利点は概観把握の速さです。CW信号はPositive Peakと同じレベルで表示されつつ、ノイズ領域では上下に激しくギザギザしたトレースになるため、信号とノイズの区別が視覚的に容易です。
弱点はノイズの定量測定に使えないことです。最大値と最小値を交互に表示しているだけであり、平均電力や実効値の情報は含みません。また再現性のある数値を求める測定には不向きです。

図14 Normal検波 と Positive Peak画面比較
Normal検波はアナログスペアナ時代のデフォルト設定で、1本のトレースで信号とノイズの雰囲気を掴めるため便利でした。現在のデジタルスペアナではPositive Peakがデフォルトになっていますが、Normal検波の視認性の良さは今でも活用できます。
Quasi Peak検波
Quasi Peak(QP)検波はビン内のエンベロープサンプルに対して充放電時定数による加重を行う方式です。EMC規格(CISPRシリーズ)で規定された法的拘束力を持つ検波方式で、EMC試験の合否判定に使用されます。
QP検波の核心は非対称な時定数です。充電時定数は速く、放電時定数は遅い。つまり信号のピークに対して素早く追従し、ピークが消えた後はゆっくりと減衰していくということです。この特性により、繰返し率の高い妨害波ほどピーク値に近い高い値が出力されます。
検波方式間にはPeak ≧ QP ≧ Averageという不等式が常に成り立ちます。Peak検波は瞬時最大値を取り、Average検波は平均値を取り、QP検波はその中間に位置します。

図15 QP検波のイメージ図
充電時定数(速い)と放電時定数(遅い)の非対称な応答を示す概念図。繰返し率が高いほど放電が追いつかずQP値がPeak値に近づく。

図16 Peak と QP と Avgの比較(定常信号)

図17 Peak と QP と Avg検波の比較(パルス信号)

図18 Peak と QP と Ave検波の比較(間欠信号)
定常信号ではPeak検波・QP検波・Avg検波のいずれもほとんど差がありませんが、パルス信号や間欠信号のように、繰返し率が低い信号ほどPeak検波とQP検波の差が大きくなります。また間欠信号は信号の繰り返し頻度が極端に低いため、図18のようにPeak検波の値がQP検波よりも低く表示される場面もあります。ただしPeak検波の最大値は依然としてQP検波よりも大きいことには注意が必要です。
EMC試験の現場では最初から全帯域をQPスキャンすることはありません。QP検波はスイープ時間が大幅に増加するためです。そのためまずPeak検波で予備スキャン(プリスキャン)を行い、限度値に近いポイントだけをQP検波で再測定(ファイナルスキャン)するのが標準的な手順です。
まとめ
検波器はトレースポイントの値の選び方を変えるアルゴリズムであり、選択を誤ると同じ信号でも数dBの差が生じます。測定目的に応じた選択が不可欠です。
迷ったらまずPositive Peak(デフォルト)を使えば信号を見逃すことはありません。ノイズの電力を正確に測定したい場合はAverage検波のPower Averageを選択します。またEMC規格への適合判定にはQP検波が必要です。
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