この記事ではエンジャーさんよりEMC測定において検波方式がスイープ時間に与える影響と、リアルタイム式がその制約を構造的に回避する仕組みについて解説します。

スイープ時間が決まる仕組み

EMCのエミッション測定ではスペクトラムアナライザや受信機が周波数範囲を掃引(スイープ)しながらノイズレベルを測定します。このスイープに要する時間がスイープ時間です。スイープ時間は複数のパラメータで決まります。主な構成要素は次の通りです。

  • 測定ポイント数(Span ÷ Step size)
  • 滞留時間(Dwell time):1ポイントあたりの観測時間
  • RBW(分解能帯域幅):狭くするほどフィルタの応答時間が長くなる
  • その他のオーバヘッド:周波数切り替え時間、データ転送など

これらを簡略化すると次の関係式で表されます。なおオーバヘッド(周波数切り替え時間やデータ転送時間)は滞留時間に対して支配的ではないため、ここでは省略します。

スイープ時間の構成式

 図1 スイープ時間の構成式

測定ポイント数はSpanとStep sizeで機械的に決まるため自由度は低く、RBWも規格(CISPR 25など)で帯域ごとに指定されています。つまり実務上これらは固定パラメータに近い扱いになります。

RBWとStep sizeの関係

スペアナとEMIレシーバの帯域幅の違い

図2 スペアナとEMIレシーバの帯域幅の違い

EMI測定におけるRBWフィルタはCISPR 16-1-1により-6 dBの帯域幅として規定されています。一般的なスペクトラムアナライザの-3 dBと比べてフィルタ端の減衰が大きいため、Step sizeをRBWと同じ値に設定するとポイント間の谷間で信号を過小評価するリスクがあります。これを避けるためStep sizeはRBW/2以下に設定するのが無難です。本記事の計算例でもStep size = RBW/2を採用しています。

滞留時間による制約

滞留時間による制約

図3  滞留時間による制約

スイープ時間の実質的なボトルネックになるのは滞留時間です。滞留時間とは受信機が1つの周波数ポイントに留まり信号を観測するための時間です。この時間内に検波処理が行われて、測定値が確定します。そして滞留時間が長くなれば、測定ポイント数の分だけ倍々で効いてくるため、スキャン全体の所要時間を直接支配することとなります。

滞留時間と検波方式

この滞留時間の長さは検波方式によって大きく異なります。Peak検波であれば短時間で値が確定するため滞留時間は数ms〜数十ms程度で済みますが、QP検波では同じ周波数帯でも1秒以上の滞留時間が必要になります。同じSpan・同じRBWでも検波方式を切り替えるだけでスキャン時間が桁違いに変わるのはこのためです。

QP検波の滞留時間

QP検波の滞留時間が長い理由はCISPR 16-1-1が規定するQP検波器の時定数にあります。

QP検波器の時定数

QP検波器の時定数

図4 QP検波器の時定数

QP検波器は充電と放電で異なる時定数を持つ非対称な回路構成です。CISPR 16-1-1ではBand C/D(150 kHz〜1 GHz)に対して次の時定数を規定しています。

  • 充電時定数:1 ms
  • 放電時定数:550 ms

充電は速く放電は遅い。この非対称性がQP検波の本質です。パルス性のノイズが入ると検波器の出力は素早く立ち上がりますが、その後ゆっくりと減衰していきます。パルスの繰り返し率が高いほど放電しきる前に次の充電が重なるため、測定値が高くなります。
そして滞留時間の制約となるのが放電時定数の550 msです。この長い放電過程が収束しきるまで観測を続けなければQP値は確定しません。つまり数十msの観測では放電の途中を切り取ることになり、正しいQP値が得られないということです。この物理的な制約によって、QP検波における滞留時間の下限が決まっています。

CISPR 25における滞留時間

CISPR 25ではこの時定数を前提として帯域ごとの滞留時間が規定されています。

検波方式別の滞留時間

表1 検波方式別の滞留時間

QP滞留時間は帯域によらず1 s固定です。一方Peak検波は5〜50 msで済んでいます。同一の周波数範囲・同一のRBWであっても検波方式をQPに切り替えるだけで1ポイントあたりの観測時間が20倍〜200倍に跳ね上がります。
この滞留時間の差がスイープ時間にどのように作用するか、具体例をもとに確認してみます。

スイープ時間の違い(LW/MW/SW帯)

図5 スイープ時間の違い(LW/MW/SW帯)

LW〜SW帯をStep size 4.5 kHz(= RBW 9 kHz / 2)で測定した場合の測定ポイント数は、各サブバンドのSpanをStep sizeで割った合計として算出できます。

数式

Peak検波なら382 × 50 ms ≒ 19秒で完了しますが、QP検波では382 × 1 s ≒ 382秒(約6.4分)かかります。

スイープ時間の違い(FM帯)

図6  スイープ時間の違い(FM帯)

FM帯(76〜108 MHz)をStep size 60 kHz(= RBW 120 kHz / 2)で測定した場合、測定ポイント数は約533点です。Peak検波なら533 × 5 ms ≒ 2.7秒で済みますが、QP検波では533 × 1 s ≒ 533秒(約8.9分)です。
いずれもQP検波に切り替えるだけでスキャン時間が20倍〜200倍に跳ね上がっています。そしてこれは各帯域の話であり、全帯域を通しでQPスキャンすればさらに長大な時間差になります。
また最終測定においてはDUTの動作状態によっては滞留時間をさらに長く取る必要があります。たとえば間欠動作する機器や、動作シーケンスの特定のタイミングにのみノイズを放出する機器では、1秒の滞留時間内にワーストケースのノイズが発生しない可能性があります。このような場合はDUTの動作周期をカバーできるよう滞留時間を延長する必要があり、それに応じて測定時間もさらに長くなります。

リアルタイム式が滞留時間の制約を回避できる理由

リアルタイム式のスペクトラムアナライザ(EMIレシーバ)ではFFTベースの並列処理により、掃引式の構造的ボトルネックである1ポイントずつ順番に滞留する制約を回避できます。これによってスイープ時間を大幅に短縮し、測定時間の短縮を実現できます。

掃引式とリアルタイム式のアーキテクチャ差異

掃引式のアーキテクチャ

図7  掃引式のアーキテクチャ

掃引式では受信機が1つの周波数ポイントに同調し、滞留時間の間だけ信号を観測し、次の周波数ポイントへ移動する動作を繰り返します。測定ポイントが533点あれば533回この動作を直列に繰り返す必要があるということです。

リアルタイム式のアーキテクチャ

図8 リアルタイム式のアーキテクチャ

一方でリアルタイム式は広帯域の信号を一括で取得し、FFT(信号処理)によって全周波数ポイントを同時に測定できます。

スイープ時間と測定ポイント数の関係

図9  スイープ時間と測定ポイント数の関係

掃引式の所要時間が測定ポイント数 × 滞留時間で線形に増加するのに対し、リアルタイム式では広帯域データを一括で取得するため、ポイント数に比例してスイープ時間が増加することはありません。これによって順次測定による繰り返し処理というボトルネックが構造的に発生しません。
このリアルタイム式はCISPR 16-1-1ではTime Domain Scan方式として定義されており、2010年の改訂で正式に承認されています。規格適合性の観点でも従来の掃引方式と同等に扱えます。

捕捉確率(POI:Probability of Intercept)の観点

掃引式にはスイープ時間以外にもう一つ構造的な問題があります。受信機が1つの周波数ポイントに滞留している間、他の周波数は観測できません。つまり時間的に見ていない瞬間が必ず発生するといことです。

測定方式による観測ギャップの違い

図10 測定方式による観測ギャップの違い

間欠的に発生するノイズがこの観測の隙間に重なった場合、そのノイズは検出されません。測定時間が長いにもかかわらず捕捉漏れが起きるという矛盾した状況が構造的に生じます。
一方でリアルタイム式は広帯域を連続的に取得するため、この観測ギャップが発生しません。そのため間欠ノイズの取りこぼしリスクを構造的に解消できます。
リアルタイム式は測定時間の短縮だけを目的にした技術と思われがちですが、本質的な優位点は捕捉漏れのない測定、つまり見逃しゼロの実現にあります。スピード改善はその結果として得られる副次的な効果なのです。

実務への落とし込み

ここまでの内容を踏まえ、掃引式のスペアナでQP測定時間を現実的に短縮するための実務ワークフローを整理します。

2段階アプローチ

全帯域をいきなりQPスキャンするのは非効率です。QP値はPeak値以下になるという物理的な関係があるため、まずPeak検波で全帯域を素早くスキャンし、リミットに対してマージンの少ない周波数ポイントだけをQP検波で再測定するのが実務上の定石です。

2段階アプローチのワークフロー

図11  2段階アプローチのワークフロー

具体的な手順は次の通りです(掃引式受信機を使う場合)。

  1. Peak検波で全帯域をスキャンする(数秒〜数十秒で完了)
  2. Peakスキャン結果とリミットラインを比較し、マージンが十分な周波数ポイントはQP測定を省略する(目安としてPeak値がリミットに対して6 dB以上のマージンを持つポイントはQPでも合格する可能性が高いため省略候補になる)
  3. マージンの少ないポイント(リミット付近またはリミット超過)のみをQP検波で個別に測定する

このワークフローであれば、QP検波の滞留時間1 s/pointが適用されるのは問題のあるポイントだけに限定されます。仮にリミット付近のポイントが10点であれば、QP測定に要する時間は約10秒で済みます。全帯域をQPスキャンした場合の数分〜数十分と比較すれば桁違いの時間短縮です。

リアルタイム式が使える場合

リアルタイム式のスペクトラムアナライザが利用可能な環境であれば、上記の2段階アプローチを取らずとも全帯域のQPスキャンを短時間で完了できます。とくに開発段階のように繰り返し測定が必要な場面では、1回あたりの測定時間の差が累積して大きな工数差になります。
ただしリアルタイム式はFFTの処理帯域幅がSpan全体をカバーできない場合、内部的にセグメント分割が発生するため、常に一瞬で終わるわけではない点には注意が必要です。実際の短縮効果は機器の処理帯域幅とSpan設定に依存します。

どちらの方式でも共通する原則

検波方式の選択やワークフローの工夫で測定時間は短縮できますが、QP検波の滞留時間そのものを規定値以下に設定してはいけないという原則は不変です。時間短縮の手段はあくまでQP検波を適用するポイント数を減らすか、アーキテクチャで並列化するのいずれかであり、1ポイントあたりの観測時間を削ることではありません。


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